小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

BS映画、『夏の庭、フレンズ』を観る:

BS映画、『夏の庭、フレンズ』を観る:

2年程前の秋になるだろうか、同じく、湯本香樹美原作の、主演、本田望結、中村珠緒の『ポプラの秋』を、幼なじみのクラスメートのご主人がカメラマンだったことから、映画を観たことを想い起こすが、その時から、こちらの映画も、一寸、気になっていた。どちらも、肉親ではないが、知り合いである『老人の死』を通じて、子供達が、成長して行く過程を、繊細な文章と暖かい眼をもって、見守り、応援する中で、子供達は、やがて、少年・少女から、大人へと成長して行くというストーリーであろうか。児童文芸賞を受賞しただけあって、この映画も、三國連太郎のお爺さん役は、今となっては、もう、観られないのは、残念である。単なる子供達の仲間の肉親の葬式から、独居老人のその死の過程を見守ろうとする中で、やがて、そのゴミ屋敷同然の家の庭の雑草除去から始まって、家の室内外の改修へと、自発的に、行動を起こし、やがて、お爺さんの体験した辛い戦争中の、身重の女性を手に掛けてしまった話や、その復員後の結婚生活の破綻などの身の上話を通じて、少年達が成長してゆく過程も、そのクラス担任の若い女の先生が、実は、そのお爺さんの別れた奥さんの孫だということが、後に判るとか、そして、その奥さんに、遺産を実は、密かに、遺言で、残していたことなどが、葬式の際に、判るとか、最後の焼き場での、痴呆症を発症した奥さんが、跪きながら、一言、『お帰りなさい、ご苦労様でした!』という一言も、この3人の少年達の尽きぬ行動力とそのモチベーションの源泉とは、一体、何処から湧き出てきたのであろうか?微妙に、それぞれの少年達の家庭環境が、映画の中で、ちりばめられていて、とても、興味深い。何気ない日常生活の中でも、それは、様々なシーンに、例えば、庭の雑草を抜く場面でも、魚屋の少年が、錆びた包丁を研ぐときでも、スイカを美味しく、一緒に食べるときでも、アイロン掛けをするときも、台風の大雨の時でも、綺麗になった、広々とした庭にコスモスの種を播くときも、身の上話を聞くときも、成る程、冒頭の雨の中のサッカーの練習も、後で、見終わって初めて、気が付くモノがある。伊集院静が、『別れる力』か、何かで、云っていたが、『人間は、肉親でも、知り合いでも、誰であれ、別れることで、成長し、その別れることを体験する力をもつという事自体も、必要なのである』と、とりわけ、それが、死別であれ、別の種類の別れであれ、ふとしたきっかけで、知り合いになった、お爺さんとの『心の交流』から、その死別を通じて、これらの3人の少年達は、きっと、大人になっていったことであろう。主題歌を歌っていたザードの坂井も、逝ってしまったし、三國連太郎も、淡島千景も、亡くなってしまったが、この少年達を演じた子役達は、今、どうしているのであろうかとふと、考えてしまう。それぞれに、どんな別れ方をして、大人の階段を登っていったのであろうか?相米慎二監督による何気ない日常の情景に込められた小説の一文一文の描写は、なかなか、俳優達の演技とは別に、又、見終わった後に、じわじわと、印象に残るものである。小説に於ける想像力とは異なり、映画の描写も、実に面白いではないか。

 

映画、『スノーデン』を観る:

映画、『スノーデン』を観る:

一寸、用事が立て込んだ関係で、休日に映画を観る羽目になったことは、皮肉である、いつもなら、がらがらの映画館なのに、ネットで、確認したところ、何と、この映画もまた、ほとんど、満席同様な状態であった。何とも、不可思議な光景である。最近観た三作品の映画共に、皆、ほぼ、満席状態であったとは、驚いてしまう。『プラトーン』や、『7月4日に生まれて』という、これまでのアカデミー受賞作品の延長線上で、或いは、歴代の大領を扱ったJFK,ニクソン、ブッシュ、等の作品を挙げるまでもなく、オリバー・ストーン監督脚本の問題作のドキュメンタリーを基にした映画である。1995年に、サンドラ・ブロックが、主演で演じられた『ザ・インターネット』で、糸も容易く、自分という保証(?)された存在すらも、ネット上の操作で、なりすましの危うさに、驚かされたものであるが、今日、その後のネット上や仮想空間で繰り広げられた犯罪の手口を考えるときに、改めて、その危険性と進化のスピードに驚かされるものである。それでも、ごく、最近、約3-4年程前の2013年6月に、実際に、起こったこの事件には、その後の展開を見聞きするときに、改めて、その衝撃の小さくないこと、或いは、成る程、こういうことだったのかと、改めて、問い返される。ましてや、トランプの登場以後には、フェイクニュースも、ポスト・トゥルースも、今や、現実なのであろうか?

『個人の自由と安全』というバランス、とりわけ、9.11以降の世界的な風潮である、『私権の制限と安全』というバランスは、もろくも、法の支配による自由の制約や、法律には至らぬが、規範による、制限や、更には、緩い宗教的な道徳や、公徳心という範疇での『自主規制』とは明らかに、異なるところの、『安全最優先に基づく自由の制限』へと、『テロとの戦い』という錦の御旗の元で、ありとあらゆる生活の側面で、現在進行中(?)である。NSA(米国国家安全保障局)や、CIAは、この当時、29歳の元海兵隊出身の天才ITエンジニア、(反面では、ハッカーと、呼ばれて、ホワイト・ナイトなのか、どうかは、判らぬが)に、結局は、国家反逆罪の汚名を着せることでしか、訴追出来ずに、結局は、モスクワへと、逃げられて(?)しまう結果となった。電話、メールでも、チャットでも、SNSでも、トランプのツイッターも含めて(?)そして、ありとあらゆる通信、ビッグ・データも、友達の友達やあらゆるインターネット・プロバイダーも、ネット・サイバー上では、行き過ぎた監視体制の下、『対テロ戦争の為に』という錦の御旗で、サイバー空間も含めて、ドローンによる、或いは、無人攻撃機による攻撃まで、様々なシステムが、その唯一の目的のために、『テロには、本来関係無いのない私的な情報』も含めて、『政府の覇権を守るが故に、』、使われてきたし、現に、それは、映画の上だけではなくて、どういう政治体制をも問わずに、例外なく、『実際に、これまでも行われてきたし、現在も、そして、これからも、制限がなされようがなされまいが、断固として、行われることに間違いはない』ようである。そして、実際に、止まることを知らずに、厳然として、機能し続けているのが『現実』であることは、恐ろしいことである。『地球上で尤も、怖れられ追われている男の真実』とは、最近の『Fake News』や、『Post Truth』ではないが、アメリカにせよ、中国にせよ、ロシアにせよ、あの北朝鮮ですら、寸分も、違うことはないのが、現実であろう。国家反逆罪の罪から逃れることよりも、国家のために働くのではなくて、人々のために働くことを、自らの選択とした彼には、残念乍ら、皮肉にも、CIAからの『安全』は遠い遠い異国のモスクワの地で、保証されたものの、結局、彼の目指した理想の『自由』が、決して、保証されたわけではなかったことは、事実であろう。尤も、エンディング・ロールの最後の一行に、てんかんの持病を有するスノーデンを心配して、一緒に、ハワイへ、旅立った恋人も、結局は、事件後には、モスクワに渡航して、現在も、一緒に、生活している由であるという一文が、一抹の朗報とでも云えようか?それでも、自身の信念を貫く一方で、職場の同僚や、上司は、その後、どんな処分が科されることになったかは、告げられずに、エンディングになってしまったが、ガーディアンの記者達や、関係者は、どうなってしまったのであろうか?オバマから、トランプへと、更に、政治情勢が変わる中で、逆に、CIA、軍情報機関機能が、強化されるような傾向のなか、ロシア情報機関によるアメリカ大統領選挙へのサイバー攻撃が実際になされたとか、トランプの私的な不適切な情報が、リークされたとか、云われているが、一体、スノーデンや、ウィキリークス、アサンジーらは、モスクワから、今日の劇的な変化をどのような視点で、眺めているのであろうか?何とも、興味深いものがある。そして、この映画の中で、スノーデンが、デル・コンピューターや、日本でも、勤務していた実態が明かされたり、自衛隊の幹部が、ハワイを訪問して、情報監視システムを見学しているという事実を、我々は、どのように、考えたら良いのであろうか?日本での個人情報の監視と盗聴とコントロールは、どのように、現在進行形で、行われているのであろうか?映画の切符を購入するシステムもきっと、それなりに、分析されているのであろう!すると、最近観た3本の映画、『アイヒマンを追え』、『沈黙―サイレンス』、『スノーデン』も、人工知能のスクリーニングで、どのように、思考分類、或いは、思想分類されているのであろうか?パソコンのウェッブ・カメラが、突然、知らぬ間に、碧く点滅したら、やはり、ガムテープで、目隠しすべきなのであろうか?困ったものである!全く、考えさせられるも、では、どのように、このような便利なサイバー空間の中で、自分は、その自由と安全を守り抜いたら良いのであろうか?全く、考えさせられてしまう。

 

 

映画、『沈黙―サイレンス』を観る:

映画、『沈黙―サイレンス』を観る:

いつも、映画は、がらがらの中で、観ているものであるから、こんな満席の中で、映画を観るのは、久しぶりである。それにしても、斜陽産業と云われて久しいが、こんなに、大勢の人が観に来るとは、やはり、良い作品を、作り上げれば、結構、需要があると謂うことなのであろう。買うものがないとか、既に、飽和であるなどと云われているものの、まだまだ、商品企画と丁寧な商品つくりを行えば、需要はあるということに決して、間違いはない。

それにしても、もう、45年以上も前に、原作を読んだものであるから、映画を見終わってからでも、再び、読み返してみることにでもしようか?篠田正浩監督が、1971年、製作した同名の映画は、記憶にない事からすると、見てはいなかいのかも知れない。原作の本だけである。スコッティー監督の『タクシー・ドライバー』は、記憶にあるが、、、、、、。

 映画を観る上での時代考証と前後の歴史的な経緯を、他方整理してから、論評に入ることにしたい。時は、1641年キリシタン弾圧が厳しくなりつつある長崎、五島・生月島での話である。ザビエルが、鹿児島にキリスト教を伝えに、鹿児島に上陸したのが、1549年であり、その少し前の1543年には、種子島に、火縄銃が伝来したとされている。1552年には、ザビエルは、マカオで、ぼっしているから、インドのゴアを拠点とした、マカオ等のイエズス会系の極東への布教活動も、安土桃山時代の、信長・秀吉・家康へと覇権が移行してゆく過程での南蛮貿易キリシタン大名、世界的な政治状況下の中での出来事として、ある程度、理解しておかないと、ポルトガル・オランダ・イギリス・スペインの世界的な覇権をも、充分、念頭に置きながら、観ておかなければ、単なる内面的な『神の問題』としてのみ、尤も、それこそが、主題であることには、変わりはないのであるけれどもである。それは、後半に、論じることにして、これらの一連の流れの中で、1587年の場t4エレン追放令や」九州征伐の過程での秀吉の当時の黙認市井が、1596年サンフェリペ号事件や1597年のフランシスコ会系の日本26聖人処刑事件へと、日本でのキリスト教布教に於ける、ドミニコ系、フランシスコ系、イエズス会系の主導権争いや、日本人奴隷売買の摘発などやらから、これまでの緩やかな間接統治、現地主義から、より根源的な直接的な宣教方式への転換とが相待って、既存仏教宗教勢力への排外主義・衝突も有り、更には、1637年の島原の乱による藩主の切腹ではない、斬首という形で、喧嘩両成敗的に、処罰される絶滅的なキリシタン抹殺へと、突き進んでゆくことになる。それは、皮肉にも、スペイン・ポルトガルから、徐々に、オランダ・イギリス、ウィリアム・アダムスや、八重洲の基になる、ヤン・ヨーステンなどの、事例を皮肉にも、観るまでもなく、世界貿易の実利と宗教の乖離を、徹底して、長崎平戸の出島へと、向かう過程でもあろうか、それは、世界史的にも、丁度、アルマダの海戦から、オランダ独立戦争に至る80年戦争への過程とも、符合する過程なのかも知れない。宗派的には、ポルトガル系のカソリック系から、オランダ流のプロテスタント系へ、或いは、間接統治主義だったキリシタン大名の勃興から、没落へ、至る、二度に亘る大きな殉教事件を引き起こす1619年、1622年という過程を経た上での暗黒の時代の出来事だったという背景を、私達は、十分理解しておかなければならないし、或いは、時の為政者の意図と、思想背景を理解しておかなければ、『内的な問題』、とりわけ、『神の沈黙』、『弱き者達』、『西洋と日本との思想の断絶』、『棄教の背景』、或いは、より、広い意味合いでの『転向・転び』という課題を考えるときに、充分、理解出来ずに、『今日的な課題』として、捉えることを妨げることになりはしないだろうか?心的な課題に立ち入った後で、最後に、映画評論を多生論じてみることにしたい。

 それにしても、中世の魔女狩りではないが、『拷問の歴史』、それは、ゲシュタポでも、北朝鮮の秘密警察でも、戦前の日本の特高でも、江戸時代のキリシタン弾圧の、逆さ吊りで、その血を一滴づつ、何日も掛けて、じわじわ苦しめながら、いたぶるやり方の前では、そんな『善意に満ちた信念』などは、木っ端微塵に、砕け散ってしまうことだけは、明らかであろう。とりわけ、今、若い頃を想い起こすときに、60年代の韓国でのキム・ジハの拷問前に宣誓した自白不当宣言文を、想い起こす。それは、如何なる拷問によっても、自らの信ずる『思想・信条・信念』は、決して変わることなく、強制的な拷問による自白は、有効ではないと宣するモノであった。謂わば、やむなく『踏み絵を踏む』ことと違いはない。『踏むがいい。汝を守る為に、この世に生かされ、痛さを分かつために十字架を背負った』と、どこからか、聞こえてくる、囁き掛ける声は、『弱き者』、『罪深き者』、を赦し、生き延びよとも、諭しているかのようである。『棄教』も、信仰を守りつつ、死にゆくものも、『死という鏡』の表と裏という一対だったのかも知れない。それでも、生き延びた者は、必ずその心の底に、悔悟と悔いを引き釣りながら、苦しみながら、日々、生きて行くことになる。弾圧する為政者の側にも、厳しくしても、根っこを徹底的に、叩きつぶしても、決して、根絶やしにすることは不可能であることを悟り、昔の『一向一揆』ではないが、結局、自分たちにも、或いは、キリシタン側にも、お互いに、都合の良い『形だけで良い転び』を、生み出して行くことになる。これは、『戦争中の転向』ではないが、如何にも、日本的な手法で有り、双方の面子を、互いに、折りの良いところで、融合するという一種の面子を重んじた『妥協的な手段』なのであろうか?『形だけで良い、形だけで良いのだ』という甘い悪魔のような囁きは、なかなか、刺激的なものである。棄教でもなく、背教でもなく、転向でもなく、『転ぶ』、転んでも、再び、『起き上がる』のである。日本的なるものとは、一体、何なのであろうか?そんな『甘い魅惑的な囁き』とは、果たして、何なのであろうか?きっと、日本的な思想と西洋的な思想との衝突から生じた『ある種の断絶』を、この時代には、こうしたやり方で、昇華・止揚してしまったのであろうか?究極的な虐殺という行き着いた先に、見いだしたものこそが、『転び』という八方全て、丸く収まる究極の選択であったのであろうか?

一向門徒も、悪人尚もて、往生すという親鸞の教えも、ジハードを厭わずに、殉教するモスリムも、この時代に、タイムスリップしたら、彼らは、どうしたであろうか?そして、肝心要の観客である我々は、果たして、どんな選択をしたことであろうか?密告もせずに、唯ひたすら、何度も形だけの踏み絵を踏み、唾を吐きかけて、転んでは何度もまた、立ち上がり、懺悔を繰り返しながら、結局、キチジローのように、処刑されるのであろうか?それとも、モキチのように、転びながらも、信念の中で、死んで行く途を選ぶのであろうか?『弱き者』は、どう生きて行けば良いのであろうか?

 窪塚洋介が、日本側での『よわき者』を代表する、片方の主役とすれば、明らかに、その対極にある相手方の主役は、イッセー緒方演じる、奉行であろう、その英語の演技もなかなかなものであると同時に、如何にも、悪意を内に包みながら、その自覚をおくびにも出さずに、飄々として、冷徹な官僚の役で、確信犯的な役柄と心理的な描写の演技は、実に、特筆すべきモノがある。そして、通史役の浅野忠正は、英語の台詞もあることながら、その小役人的な心情が、微妙に、台詞や演技にも、醸し出されていて、実に、これも面白い。それにしても、この時代の『貧困と格差』とは、映画とは云え、想像を遙かに超えるものがある。映画の中では、その後も、思想の再犯チェックは、とりわけ、厳しく、常に、確認、再確認、再々確認が、行われていたことがよく理解出来る。二時間40分程の大作出るから、その間、ずっと、観客は、嗚咽をひたすら、堪えながら、あるときは、堪え忍び、あるときは、堪えきれすにと、息苦しい連続であった。精根尽き果てると云うが、映画を観ながら、そんな感じで、上映後は、皆、押し黙りながら、映画館を後にしていった。少々、年寄りには、体力を必要とする映画であろうか?若い人には、是非、見てもらいたい映画であるし、無論作品を、読んでもらいたいと思う。もう一度、再読することにしようかな。それにしても、来日する中国人観光客が、きっと、中国の地下教会信者に向けて、DVDのコピーを持ち帰ることは必至であろうが、彼らは、中国現地で、どのように観賞するのであろうか?ロケ地が、台湾で、コストを節約するために、重視されたことは、長崎、五島の隠れキリシタンの子孫達には、少々、残念であった事は確かであろう。もっとも、転んだ人達がいなかったら、今日の子孫も存在しないことは、誠に、歴史の皮肉と云うほかないが、、、、、、、、、。

 

稀勢の里に思う

稀勢の里に思う:

何とも、糖尿病と闘い、苦しんだ往年のおしん横綱でもあり、又、師匠であった、隆の里親方にも、通じる土俵人生模様である。それでも、『そんなに急いで横綱にならずとも良い』とは、思っていたものの、瞬間的な短期的な二場所程度の勢いで、あっという間に、先を越されそうな状況の中では、おいおい、本当に、いつも、ここ一番と云うときには、期待を裏切る、気弱な大関であると、呆れ果てられてしまう矢先の出来事である。誠に、今時、流行らない、叩き上げの中学出の愚直で、要領の悪い、不器用な力士で、まるで、醜いアヒルの卵のようであろうか?これまでも、ここぞという、肝心な一番には、負けてしまうのは、メンタル・トレーニングや、コーチが、相撲界には、いなかったのであろうか?これ程までに、科学的なスポーツ・トレーニングが、進んでいる今日でも、相撲界という所は、祭器と士魂とが、宿る神聖不可侵な土俵という聖域なのであり、スポーツは無縁の場所だったのであろうか?昔、何かのスポーツ番組で、横綱になる力士の条件を、その時の

横綱の年齢・成績・怪我と休場の回数とかをデータ分析してみて、誰が、近い将来、横綱になれそうで、又、なれそうにないかということを推理していたことを想い出すが、やはり、力士の商品ライフサイクルではないが、そういう、伸び盛りか、下降時期なのかということも、ある意味では、生まれたときが悪かった式なタイミングもあるのかも知れない。大鵬がいなければ、柏戸ももっと、優勝回数が増えていたかも知れないし、稀勢の里も、白鵬がいたから、或いは、モンゴル勢に囲まれて、これまで、散々煮え湯を飲まされてきたのかも知れない、そう思うと、なかなか、相撲界も、人生模様を観ているようで、なかなか、面白いモノがある。今回は、流石に、白鵬も、変わることなく、正々堂々と、真っ向勝負で、力の限りに、といっても、自分の衰えを自覚しながらかも知れないが、短期決戦で、勝負に、強引に出てきたのかも知れない。そうしないと、勝てないのかとも、うすうす、自覚していたのかもし得ない。どう考えても、これまでの実績がなくて、負け越しや、休場や怪我で負け越しているのに、突然変異の如く、全勝優勝などが出来てしまう相撲というスポーツも、実に、面白いではないか?優勝しても、翌場所が振るわないなどと云うのも、これも又、妙なことである。時間が、かかった分、人は、その地位により、その器量が備わることになると云われていますが、これからが、本当の始まりで、これからの稀勢の里の活躍に期待しましょう、そして、これまで通り、師匠の教えをしっかりと守り実行出来るか、一番苦しい稽古をしてきたから、勝利する自信が生まれてくるはずで、嬉しくとも、土俵上では、表情に表さないという、祭儀の礼儀を、横綱として、常に、実行出来るのかが、改めて、これからの土俵上で真に、その横綱としての品格が、試されることになるのかも知れない。力士の怪我が多い中で、これまで、休場がなかったと云うことは、又、優勝のない力士の最多勝利獲得ということも、特筆されるべきことである。元大乃国や、元霧島などの優勝が出来なかったことへのコメントを解説で聞いていても、人生、実力だけでなくて、プラスの運も味方すると謂うこともあるものである。それにしても、地位がその人を作るように、大器晩成でもよいから、急がずに、自分なりの横綱像を築き上げて貰いたいことを願ってやまない。

 

映画『アイヒマンを追え』を観る (渋谷:BUNKAMURA ル・シネマ)

=映画『アイヒマンを追え』を観る (渋谷:BUNKAMURA ル・シネマ)

東京という都市は、随分と便利且つ、贅沢なところである。平日の午後だというのに、良い映画を観たいという中年の映画ファン達に、席がほとんど、埋められているのには、驚かされる。丁度3年程も前のことだろうか、映画『ハンナカーレント』を新宿で観た時と、同じような情景である。同じホロコーストの『アイヒマン』を題材にしているものの、こちらは、裁判そのものではなくて、拉致・裁判に至る迄のドイツ人検事総長とその周辺の関係者の内面に関わる、ナチス残党(というよりも温存されたエスタブリッシュメント)との闘い、ドイツ人の歴史認識精算に関する問題、そういう観点から、翻って、日本人は、一体どうだったのであろうかと、考えると、実に、考えさせられる内容の映画である。

アイヒマン裁判は、子供の頃に、その逮捕と裁判の記事を今でも、子供心に想い出す。考えてみれば、自分が生まれた頃は、未だ、戦後復興と戦後政治秩序の処理とかが、ニュールンベルグ裁判も、東京裁判も、そうかも知れないが、歴史認識に対する政治ショー的な、東西冷戦の中での互いによるむき出しな凌ぎ合いのような様相で、フリッツ・バウアー検事総長も、決して、その枠外であったわけでは決してない。それにしても、我々は、どうやら、ドイツ人の、ドイツ人による、『ナチズムに対する歴史認識の成功的な精算』という事実は、正しくなかったことが、どうやら、改めて、この映画を観る限りは、再認識される。同じように、日本も、戦後間もなく始まった朝鮮戦争による経済再復興の最優先と、国民に開かれた(?)皇室と天皇制による政治的な統合のマヌーバーにより、日本人による、真の日本人のための、『歴史認識の精算』は、果たして、なされたのであろうか?それは、未だに、二度に亘る安保闘争学生運動の高揚の時代を経ても、虚しく、戦後民主主義の課題、沖縄基地の問題、原発事故の問題、韓国慰安婦問題、日露の領土・戦後処理、中国との歴史認識の対立、対米従属、地位協定の問題など、明らかに、今日まで、70年以上経過していても、問題が先遅れされていることも事実であろう。考えてみれば、ユダヤ人としての出自を有しながらも、復讐ではなく、正義と信念に基づき、当時のアデナウアー首相などのドイツ政府高官の政治的な恥部を、明らかに、すべく、ドイツでの裁判公開を目論むものの、当時の東西冷戦や、既に芽生え始めているユダヤとアラブの対立や、東西冷戦、西ベルリンと東ベルリンという、東西冷戦の影響など、我々が、いやが上にも、否定しきれない状況に、当時は、もっと、制約されていたことが、改めて、認識される。当時の若者とのテレビの議論でも、考えてみれば、20代・30代のドイツの若者達も、実は、ナチスの躍進してくる頃に、幼い頃を過ごすか、教育を受けてきた世代であることも、実に、皮肉以外の何ものでないであろう。謂わば、日本での『皇国少年・少女』と、彼ら、『ヒットラー・ユーゲント世代』とは、どのように、対比、考察されるべきなのであろうか?更に云えば、世界的な、『スチューデント・パワー世代』と『紅衛兵世代』は、今日、どんな、立場で、どのような考え方で、社会の中で、根付いているのであろうか?或いは、彼らの子供や、孫の世代へ、どのように、今日的な歴史的認識という意識は、継承されているのであろうか?そう考えると、戦後ドイツに温存され、根深く巣くったナチスの残党の影響というモノは、ひょっとすると、今日の『民族浄化』や『民族排外主義』とか、『移民排斥』や、『差別・格差』、『新たな見えない敵への恐怖の創出』へと、繋がっているのであろうか?こうした観点から、この映画を観ていると、『ニュールンベルグ裁判』と、『東京裁判』、『アイヒマン裁判』というものも、『イラク戦犯裁判』も含めて、とても、興味深く思えてくる。『人は、何を裁き?何のために、裁くのか?』そして、戦争犯罪を、『正義・公正』の名の下に、戦争犯罪人として、本当に裁けるのか?アイヒマンとは、『誰でもが、簡単に、アイヒマンになれてしまうこと』に、そのナチズムの恐ろしさがあると、ハンナアーレントは、アイヒマン裁判を見守る中で、語っていたが、東京裁判での過程で、原爆投下責任論や、戦争犯罪を裁判で裁けるのかという重い課題をハル検事達が、問題提起していることを、一体、どれ程の日本人が、知らされているであろうか?アイヒマンの居場所情報を、モサドにリークさせたという事実は、バウアーの死後、10年経過して後に、初めて開示されたとか、云われているが、それ程までに、国家反逆罪という重い法的な拘束とナチス残党による政府官僚組織、或いは、メルセデス・ベンツなども含めた形での産軍共同体による資金的・人的・組織的なナチス残党への支援などを観ていると、日本でも、戦後は、同じようなことが、温存されていることは、決して、否定してもし切れない何かがあろう。若い部下が、結局、スキャンダルによる脅しを断固拒否して、自らの家庭と職をなげうつことと引き替えに、その秘密を秘守したことは、自らが『過去に犯した妥協と亡命による延命』という選択を、皮肉にも、対比しているかのようである。正義と信念を貫くことで、自らの命の断たざるを得なかった友人達は、バウアーが選択した『途』を、果たして、是としたのであろうか?それとも、結局、芋づる式に、犯罪行為を暴けなかった結果、或いは、アイヒマン一人だけに罪を被せて終了してしまったと言う結果に対して、どのような評価を加えたのであろうか?そして、我々、日本人は、『どれ程までに、自らの手で、日本人の手で、』、『自らの責任と結果』を、これまで、総括したのであろうか?そう考えると、未だに、70年経た今日でも、我々日本人は、再びの豊かさを求め、『経済復興・最優先』であり、60年代から始まる、所得倍増計画や、その後に続く『奇蹟の戦後復興・経済成長』という図式は、今でも、やはり、『すべてに、経済的な復興が、豊かさが、最優先される』という図式が、全く、変わっていないことは、どうしたものだろうか?それにしても、アメリカ映画の全盛の中で、やはり、ドイツ映画や、フランス、イタリア映画などは、興味深いモノがある。次は、遠藤周作、原作の映画『沈黙 サイレンス』、1月21日からが楽しみである。こちらも、『転向と形だけの転びと棄教』と言う観点から、共通する課題だろうか?冬の間は、少々、映画観賞に明け暮れルとしようか、、、、、、、。

 

体験の先に見えるものとは?:

体験の先に見えるものとは?:

国境を超えた爆買いが、ものの見事に、現地でのネット通販に変貌を遂げてしまった後から、今度は、モノではなくて、『こと買い』や、『体験』であると、しかも、それらは、収穫体験や、住民が暮らしているさまをのぞき見的に、取り敢えず、身近に、農業での収穫・栽培・草刈りでも、何でも良いから、料理までもが、幅広く、体験の対象となるものである。実は、そうしたことに、『価値』が、潜んでいることに、キッザリアではないが、職業体験も含めて、広い意味で、潜在的な大きな価値があることに、なかなか、気が付かないものである。それでは、一体、全体、こうした体験の先に見えるもの、地平は、どんなものなのであろうか?成る程、人間というものは、自ら、体験をしてみないと、今日のVRでは無いが、バーチャルなリアリティーは、体験できても、出来るものと出来ないものとがある。戦争などもその一つかも知れないが、もっと、身近なもので、『疑似体験』とでも云おうか、人間は、その体験を通じて、人と人が、互いに、考え方を共有したり、異なる思考形式を確認出来たりするものであろうか?さすれば、そうした体験をすることで、それが、どんなに、小さなものであれ、兎にも角にも、触ってみたり、食べてみたりすることで、或いは、生活を一緒にすることで、何らかの、劇的な化学的な反応が、その先に、生じてくるものなのかも知れない。謂わば、抽象論を、頭の中で、徹底的にイメージするのではなくて、自らの手で、自分の手で、肌で、感じることが、そもそも、必要なのかも知れない。そうすることで、誤解や、偏見や、中傷といった類のものが、見事に、氷解してしまうのかも知れない。もうこうなると、謂わば、ソフト・パワーではないが、グラス・ルーツ的な、草の根の個々人同士による外交活動にも通じることになるのかも知れない。その意味で、観光などと云うものは、観るだけでなくて、来てみて、触れて、体験して貰うことだけでも、大変な価値が、じつは、そこには、横たわっているのかも知れない。そう考えると、一緒に、汗を流して、同じメシを食うと云う事でも、実は、もの凄い価値が、潜在的に、有しているのかも知れない。更には、一緒に、体験を共有し、労働の後に、風呂に入って、互いの汗を流し合ったり、同じ釜のメシを食う事も、ヒョッとして、『兄弟』と呼び合える関係にまで、発展させるきっかけと礎を有する程の何ものなのかも知れない。そう考えると、異なる文化とか、異なる環境の下で、暮らしている人達、異教徒(?)とも、一夜にして、見事に、兄弟たり得るチャンスが、その体験の先には、あるのかも知れない。音楽とか、芸術とか、何でも良いから、或いは、普通の和食の料理を通じてでも、何でも良いから、一緒に、同時に、時間と空間を体験を通じて、共有することの先には、どうやら、こういう『異文化理解』へと、更には、排外主義の予防にも、なりうる可能性を、実は、秘めているのかも知れない。

 

『コスプレ』を愉しむ:

『コスプレ』を愉しむ:

と言っても、流石に、この歳になって、ライフ・スタイルを突然、変えてまでも、ゲームのキャラクターになりきって、自らが、手作り衣装を着用して、コスチューム・プレーを愉しむのではない。たまたま、小諸の青雲館 に宿泊していた若い女性の四人組のお客さんが、所謂、『コスプレ』を150年の旧い書院の間で、撮影をするのを、観る機会を得ただけの話である。それにしても、メディアなどで、海外でも、お宅と称するアニメ・コスプレのことは、知識としては、知っていても、その人達と直接接して、会話をすることは、ほとんどなかったのが、実態であろう。それにしても、身勝手な憶測とか、偏見とか云うものは、無意味で、実際に、間近に接して、話を伺ってみると、なかなか、興味深いものである。彼らの情報発信は、今や、ツイッターが主体らしく、逆に、コスプレの愛好者達が、ツイッターを支えているそうである。『刀剣乱舞』というゲーム・チャラクターであるそうで、そもそも、こちらは、ゲーム自体をやったこともなければ、題材を云われても、知るよしもない。早速、パソコンで、検索して、予備調査と知識を得ることにした。話によると、小諸市では、懐古園での屋外撮影を許可しているそうで、当日も、3時間を掛けて、懐古園で、撮影したそうである。何でも、撮影場所によっては、施設の事前許可とかが必要だそうで、その手続きも、結構、大変な予備作業が必要だそうである。又、刀とか、槍とか、衣装・小道具、撮影のための反射板とか、結構、大掛かりな荷物を、移動・搬送しなければならないそうである。それにしても、想像以上に、この撮影というものは、面白いモノである。コスチューム、小道具、撮影の背景場所の選定、屋内・屋外、陽の差し方、光源の設定、歴史の勉強とか、只、単に、『オタク』というカタカナ言葉で、片付けられない『何ものか』がありそうである。これは、一体、何なのであろうか?その瞬間、瞬間のキャラクターによる、決め台詞ではないが、きめポーズをすることにより、その人物になりきるのであろうか?芝居では、非日常性の役柄に、なりきるのであるが、これは、『言葉と行動』によるもので、これが、演技というものに、昇華されるというのであれば、コスプレとは、ある種の衣装・小道具による、非日常性への空間移動とでも云うべきものなのであろうか?言葉を発することもなく、静かに、その情景の中に、まるで、タイムスリップでもするかの如きものなのであろうか?その時、人間は、その演者は、どんな気持ちになるのであろうか?なりすましなのか?バーチャルな非現実的な非日常の時間と空間に、身を置くのであろうか?その時の気持ちとは?もはや、こうなると、観る側から、コスプレを演じる側へと、立場を移さないと、判らないのであろうか?撮影された何枚かの写真を眺めていると、写真撮影というものも、同時に、考えさせられてしまう。これは、一瞬の瞬間的な『記憶』なのか、それとも、非日常的な一寸シュールな『心の軌跡』なのか、そう考えると、旅をすることで、そういう場所探し機会と場所を提供するサービスがあっても宜しいのではないかとも、思われる。次は、四季折々、その時に応じて、屋外でも撮影出来る場所を、紹介してあげたいとも、自然と感じてしまう。早速、ツイッターに、投稿してみた。青雲館 、ツイッター@SeiunkanKomoro にて、写真はご覧下さい。

 

 

高橋まゆみ人形館にゆく;

高橋まゆみ人形館にゆく;

飯山は、これまで、いつも、素通りしていたが、たまたま、戸狩温泉スキー場の民宿に行く途中で、初めて、高橋まゆみ人形博物館に、立ち寄ってみることにした。勝手に、年寄りの人形ばかりだから、その作者も又、年寄りだろうとくらいに、タカをくくっていたら、存外、作者は、若い作者であったこととに、少々、自分の不明を恥じ入ると共に、拍子抜けしてしまった。それにしても、紙粘土で、様々な情感を、とりわけ、老夫婦の関係性や、老母と娘の関係性、或いは、お爺さんと男子の孫や、チンドン屋や、寅さんや、お瞽女の集団や、兎に角、今や、化石と化してしまっているような『関係性と情景』が、小さな粘土細工の人形の中に、見事に、表されている。その表情の、或いは、その仕草だけでなくて、その皺の一筋一筋までもが、見事なまでに、表現されていることに、驚かされる。これは、もう、言葉自体が、必要では無い、只単に、国を超えて、民族を超えて、この芸術的な作品を観るだけの価値は、おおいにありそうである。魚釣りを一緒に、愉しむ情景、看護で、たまたまうたた寝をしてしまった娘を気遣う老婆の手のぬくもり、もう恐らく、80歳をゆうに超えてしまった老夫婦の愛情溢れる情景と仕草など、よくも、こんな情景を、その瞬間、瞬間を、見事に、切り取って、作品に、凝縮・昇華させてしまう技術力は、全く、驚くべきものがある。情景とか、仕草とかというものは、成る程、その一瞬を切り取ってみると、写真撮影とも繋がるような共通点があるのかも知れない。なんだか、既に亡くなってしまった両親や祖父母のことを、遠い昔の記憶の片隅を、想い起こすようで、なかなか、興味深い作品の数々である。又、新幹線から、外れてしまった寺町の佇まいも、今回は、ゆっくり観ることが叶わなかったが、こちらも、面白そうである。真っ赤な郵便ポストが、時間を超えるかの如く、銀座の柳の二世の下で、佇立していた。映画、『阿弥陀堂便り』のロケ地巡りと併せて、飯山という所も、小布施とは又、一味違った趣があるように思われる。次は、いつも、やはり、素通りしている須坂の藏街をゆっくりと、散歩でもしてみたいところである。

 

 

『天空の芸術祭2016』を観る:

『天空の芸術祭2016』を観る:

御牧ヶ原の台地は、何とも謂えないような北海道のような景観に似ていて、天気の良い日に、散歩などをしていると、その空の青さと流れゆく白い雲との調和が、大地の土の色とハーモニーを奏でて、とても気持ちがよいモノである。何せ、45年以上もの長い間、ビジネスの世界に埋没していたせいだろうか、すっかり、右脳は、化石化、機能不全寸前で、アートや音楽や、伝統芸能の観賞などでも、残念乍ら、なかなか、右脳再生が果たされないのが、実情である。北側フロムさんや、田島征三さん等による十日町大地の芸術祭や、トリアンナーレなどで、或いは、瀬戸内芸術祭などを通じて、少しづつでも、芸術を通じた地域の活性化が、住民との交流を介して、前進して行ければ、それはそれで、結構な話である。東御市の、旧北御牧が原台地と八重原台地に跨がる、自然豊かな地域で、『天空の芸術祭2016』というアートフェスティバルが開催されているということを知ったので、出掛けてみることにした。芸大のアーティスト達が、作品を屋外や、溜め池にも、地下室にも、室内にも、展示されていて、とても、興味深いものである。アート作品の鑑賞というものは、なかなか、制作者の芸術的な思いを理解するのが、難しいものの、それ自体を、あれこれ、こちら側が、勝手に想像しながら、鑑賞する事でも、何か、こちら側にも、小さな何らかの心的な変化が生じるであろうことは、どうやら、間違いないであろう。地元の住民も、訳の分からぬオブジェが、眼の前に、忽然と姿を現すことだけでも、何か、インパクトがあっても宜しいし、又、それが、風景を、ソーラー・パネルで自然景観を破壊したり、一変させるような代物でない限り、芸術作品の野外展示というものも、何か、効果があることであろう。そう考えると、何はともあれ、作品の制作に関わりながら、お手伝いすることも良いだろうし、それらの展示を見て回ることも宜しいし、兎に角、自分の出来る範囲で、お手伝いし、積極的に、或いは、消極的にでも、裏方でも、参加・関わることが、大切であるのかも知れない。その意味で、この第一回の開催は、これから先の10年、20年先、どのように発展するかは、判らぬが、大変貴重な第一歩であることは、間違いないであろう。官による訳の分からぬ補助金目当てや、爆買いの伝統や文化・歴史などのコンセプトも理解しないようなインバウンドを頼みとしないような地道な地域住民とのコラボによるこうした運動の点から、点へ、そして、線へ、更には、面へと、地域同士が結びついて行くような将来への展望を希望したいし、何らかの形で、無償奉仕と言う形で、関わって行きたいものである。作品を観ながら、そんなことを感じました。

 

https://www.facebook.com/museum.in.the.sky2016/

 

 

働き方を考える:

働き方を考える:

又ぞろ、有識者会議で、働き方を考えるという。そもそも、こちらは、もう引退しているのであるから、関係なさそうであるが、これは、なかなか、面白く、刺激的である。いつの時代も、働き方なるものは、経営者側や、国の都合で、押しつけられるのが落ちであろう。働き方とは、大きく分けると、所詮、労働者か、経営者、独立自営業者か、フリーランスに分割され、結局、そのどちらかを究極的に、二者択一せざるを得ないのかも知れない。そう考えると、いつの時代も、余程、しっかりとして、自己責任で、初めから、起業でもしない限り、働き方というものなどは、自覚して、しっかりと、考えないものであろう。今回も、所詮は、人口減、経済に於ける労働生産者人口の増加や、ミス・マッチによる人手不足を、或いは、女性の活用も含めて、結局の所、さぶろく・三六協定も含めて、それ等の枠内での話であって、労働者側の権利をしっかりと、守ろうとするモノではなかろう。もっとも、労働組合も既に、崩壊している以上は、非正規労働者の同一労働。同一賃金の議論も、或いは、非正規労働者の労働条件や、賃金の上昇などは、所詮、二の次で有り、過労死問題や、残業・長時間労働問題など、そもそも、そんなものは、枠外に過ぎないものなのであろう。一体、全体、いつから、こんな議論が、水面下で、狡猾に、準備されてきているのであろうか?非正規雇用の導入も含めて、或いは、税制上の扶養控除の在り方など、様々な形での改革とか、規制緩和と称する形で、労働者の権利が侵害されてくるのであろうか?もうこうなってくると、やはり、時間が来れば、帰宅するだけの、責任もしっかりととらないような、豊洲やオリンピック招致など、地方公務員が一番、安定してして、リスクがない働き方などと思われても、困るし、人生、当たり障りのない生き方が、やはり、一番気楽でよいということになりはしないだろうか?人生の前半を大きな組織の中で、学ばせて貰い、後半生は、独立して、起業した自分の人生に於ける働き方は、一体、どんな思いだったのであろうかと、改めて、今思うと、考えさせられてしまう。若い人達は、一体、この問題提起に関して、どのように、考えているのであろうか?そして、自分の人生に於けるこれからの働き方を、どのように、考えているのであろうか?年寄りには、大変、興味深いところである。

 

ホーム・ステイと国際交流:

ホーム・ステイと国際交流:

上田市の旧武石村で、ほっとステイを長年、主宰している小林一郎さんの活動は、もっと、様々な他の地域でも、学ばれて然るべきである。たまたま、小諸で今夏催された第九回『ディスカバーこもろ』の反省会に、参加して、様々な意見を聞く機会を得たが、何とも、民間有志によるボランティア・スタッフの努力には、誠に頭が下がる思いがするものの、その目指す志に関しては、残念乍ら、その思いとその結果には、若干、疑問符を投げかけなければならない現状は、遺憾である。私は、ボランティアで、インバウンドによる文化・伝統・歴史・食文化・農作業などを通じて、地域住民も含めた地域活性化活動に、サポーターとして、協力しているが、この流れの経験からすると、この小諸市がわずか10万円という予算規模で実行されている、誠にささやかな、『国際交流』という大義の割には、まるで、語学留学生という一種の貧困ビジネスに、結果的に、荷担しているかの如き罪悪感に、苛まれるのは、どうしたものであろうか?一体、国際交流とか、異文化交流に、言葉の壁は、どの程度、関係するのであろうか?実際、これまでの経験では、外国語は、一種のコミュニケーション・ツールであるから、どちらかが、理解出来るに越したことはないが、やはり、最終的には、相手の文化を理解したい、それをこちら側が、或いは、向う側も、双方が、互いに、混じり合うようなそんな『インター・アクティブな心の交流』が無ければ、所詮は、一種の語学学校の行事の一環、或いは、2日間の短い観光旅行を愉しめる程度にしか、位置づけられないのが落ちであろう。決して、こちら側から、一方的に与えるモノでもなければ、逆に、与えられるモノでもないし、互いが、あるときはぶつかり合い、あるときには、融合し、互いに刺激、刺激されながら、双方が、これまでの意識とは違ったレベルに移行して行くというある種のプロセスが、必要で有り、その為には、どんなプログラムを組んだらよいのか、という具体的な各論へと、落とし込まれて行くのであるが、それが、何とも、古い街並みくらいしか、みせるところが無いなどと云う、誠に、心寒い感じになってしまう。そんなことは、初めから判りきっていることで有り、それを逆手にとって、こちらは、主張しない限り、もっと新しいところを観たいなどと云う、まるで、それなら、はとバスにでも乗って、新しい名所を巡ったらよいではないかと、私は云いたくなってしまう。カフェなども、ユニークなものが点在するものの、逆に、地元の人間は、行ったことがないらしく、知らないことが、露見された。それにしても、やる気溢れる民間のボランティア・スタッフの献身には、頭が下がってしまうものの、何とも、勿体ない限りである。ホーム・ステイと国際交流の具体的な方法というものをもう一度、原点に立ち返って、考えなければならないのかも知れない。

 

 

アケビの天ぷらを食す:

アケビの天ぷらを食す:

先日、偶然にも、アケビを見つけて、熟した実を食べたことを記したところ、地元の知人から、『そんなものは、そこら辺に自生していて、地元の人は、見向きもしませんよ』と言うから、是非、とっておいて、宿泊客へ、振る舞おうではないかと云った。そうこうしているうちに、たまたま、外国人客が宿泊し、天ぷらの料理を手伝いたいと云うことで、ついでにと云っては何であるが、お母さんがアケビの天ぷらを作ってくれたそうである。私は、実の方しか、食したことがなかったが、鞘と云おうか、皮と云おうか、外側のややふやけた部分を半分に切って、天ぷらにしたところ、外見は、一寸、白なすの天ぷらに似ている。早速、食してみたが、それ程、違和感はない。存外、柔らかくて、食べられるものである。特別に、うまいモノでもなければ、決して、不味いものではない。強いて云えば、食べられないモノではないというところであろうか?それにしても、昔の人は、大したものである。食べるものが無いと云ってしまえば、それまでであろうが、食文化というものは、奧が深いものである。昔の人は、きっと、お彼岸の頃には、天ぷらにも、アケビの実を食した後に残った熟して柔らかくなった鞘の皮までも、天ぷらにして、食べたのであろうことは、容易に、想像がつく。サヤエンドウの天ぷらだけではないのであろう。信州では、その意味で、先人の知恵を、改めて、食文化を通じて、感じられることは、実に愉しい。鯉の甘煮や、洗いも、鯉自身が、そもそも、稲作の田んぼで、雑草を食べて貰い、更には、土壌をその背びれなどで、撹拌してくれるという一挙両得の効果を及ぼし、それを収穫後に、活用するとは、先人の知恵とは凄いものである。そんなことは、暖かい南国の土地で、年に2回も3回も、陸稲でとれる土地では、考えられないことであろう。この発想にも、改めて、大きな驚きを禁じ得ない。折角食した果実のみがたくさん残っているので、試しに、庭に、播いておくことにしようか、忘れた頃に、発芽して、成長して、実をつけることを心の底で、密かに、期待しつつ、、、、、、さて、どうなるであろうか?又、一つ、愉しみが、出来た。これで、桑の実と、アケビというレパートリーが我が緑溢れる庭にも、揃いそうである。

セブン・マルチコピー・アプリを試す:

セブン・マルチコピー・アプリを試す:

最近では、別に出張の際に、ファイルのコピーやスキャン・ファイルの印刷を、出先のコンビニでする必要もないから、取り立てて、アプリをダウン・ロードして、実施する必要は無かった。しかしながら、たまたま、外国人観光客が撮影した写真を、ダウンロード・ファイルから、PCで、画像を確認出来たのであるが、それを今度は、撮影された日本人達が、プリントして貰いたいと云う要望があり、やむなく、これまでは、関心のなかったセブン・エレブンのマルチ・コピーを、試してみるかということになった訳である。成る程、USBメディアや、各種メディア媒体でも、或いは、直接的に、スマホから、無線で画像をダウンロード転送して、これをプリント・アウト下上で、nanacoで、支払えば、レシートも出てきて、終了である。成る程、何でも、試してみるものである。写真も、カラー・コピーも、登山の地図も、成る程、便利なものである。これでは、使わない方が、何か、損をしてしまうような感覚に、陥りそうである。I-o-Tなどというものは、知らぬ間に、どんどんと、実生活の中に、入り込んできていて、それを使うものと、使わないものの間には、まるで、ITディバイスの利用・未利用に伴う壁のようなものなのであろう。昔の改札口での切符切りが、自動券売機に代わり、高速道路でのチケットがETCに代わり行くのと同じように、どんどん、利用者の思いとは、別の所で、冷たく(?)進化してしまうのが、現実なのであるのかもしれない。使わない手はないが、何とも、複雑な思いにもかられてしまう。

 

POSコードを申請する:

POSコードを申請する:

役所というものは、実に素っ気ないものである。各地方都市では、首都圏にパイロット・ショップを開設しているものの、地元の農家や生産者が、首都圏へのパイロット・ショップへの展示を通じて、直接的なアクセスを図るべく、そこへ商品展示をしようとすると、様々な障害が、待ち受けていることが、容易に、感じられる。銀座NAGANOへPBブランド商品を置こうと思い立ち、HP上で、その仕組みを読んでいると、それはそれは、多忙な中小・零細・個人経営の生産者では、ハードルが高そうである。まずは、商品企画書作成などのPCワークが本当に、彼らに、可能なのであろうか?POSバーコードやHP作成の作業なども含めて、或いは、ラベルのデザインなども含めて、採算がしっかりととれて、且つ、ユニークなロゴやデザイン性に優れたパッケージなどを、そんな多忙な人達に、本当に、出来るのであろうかと疑問を持ってしまう。勿論、何らかの申し込み書が出来なければ、確かに、審査は出来ないのであろうが、そんなストーリー性も含めて、一定のガイド・ラインに合致した商品が、どれ程、あるのであろうか?要するに、役人というものは、そんな細かな作業、これこそが、実は、肝要であり、不可欠な要素なのであるが、そこの肝心要な作業を欠落させ、お手伝いせずに、勝手に、自己責任でやって下さい式に、只単に、機会は作りましたよ、後は、お待ちして受け付けるだけでは、全く、総論賛成、各論は、反対とは云わぬが、実質的に、大企業だけの商品作りと商品提案でしかなく、本来の理想とする、きめ細かな実務作業が、結局、されることなく、中小零細の生産者は、どんなに出品したいと熱望はすれど、挫折してしまうのが落ちであろう。私のようなボランティアで、嘗て、商品開発の実務をこなして、POSバーコードや二次元バーコードの作成も、登録も、或いは、ラベルの作成やデザイン、専門的な知識や経験があれば、それなりの予備知識はあるので問題はないが、そんなきめの細かいサポートを専門的なスタッフを無償で活用しないと、物事は、結局、前に進まず、理想の実現には至らないであろう。如何にも、表面的には、機会均等、平等同一条件での同じ土俵での競争ではあっても、裏では、実質的な差別が罷り通っているのが現状であろう。多忙な零細個人生産者や事業主には、そんな暇も専門知識はないのが、実態である。近いうちに、PB商品の審査申請が終了したら、トップには、意見具申してみることにしよう。そういう実務的なフィードバックが為されない限り、業務改善とか、実務化以前は、進まないし、運動自体が、結局、大企業だけに、偏った、本来の理想とは、別の方向へと、一部の人間にしか、利用されないことになりはしないだろうか?おおいに、そういう事態を、懸念する。

千曲ワインバレー・テイスティング循環バス:

千曲ワインバレー・テイスティング循環バス:

もう、30年程も昔の事であるが、米国に駐在していたときに、輸入ワインの輸入で、ナパ・バレーやワシントン州の小さなワイナリーを車で、駆け巡ったことを思い起こす。長野県は、県を揚げて、各地方の千曲川日本アルプス、桔梗ヶ原、天竜川沿いと言った具合に、千曲川ワインバレーでも、既に、大小含めれば、25社のワイナリーが、良質のワインを醸造している。ワインの樹を植樹することから、それこそ、選定や、収穫、醸造体験なども含めて、体験型のマイクロ・ワイナリーによる地域起こしが、大変盛んであるし、都会からの移住も含めた、新規起業や新規参入も、可能になりつつある。りんご栽培からの転作も、耕作放棄地の再生も、なかなか、盛んになりつつある。そんな現在進行形の中で、軽井沢駅小諸駅と田中駅と上田駅を、線で結ぶように、各ワイナリーを千曲バスによる循環バスサービスで、広域的に、地方に、ワイン好きの方達に、チーズややグルメ・カフェも含めて、テイスティングして貰いながら、ワインを購入して貰い、お金が循環するように、引いては、地元の活性化への繋がるように、イベントが、9月中旬から12月中旬までの土日週末に、開催されるという宣伝のビラが、東京の自宅の新聞折り込みに入っていた。成る程、顧客は、都会の不特定多数が、ターゲットなのであろうか?一つ一つは、小さな点でしかないが、これらを広域的に、線で結び、互いに、結びつきつつ、独自性を打ち出し乍ら、相乗効果を地域社会で、創出して行ければ、それに越したことはない。まずは、こういうイベントを、しつこく、毎年毎年、繰り返して、やることが実は、肝要なのであるのかも知れない。