小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

アケビを食す:

アケビを食す:

何とも、珍しいものが、眼に入ってきたので、思わず、土産に購入してしまった。土色とでもいうのか、やや、紫色に変色したアケビのさやが横に、口を開きながら、中から、白井透明なつぶつぶの果肉が、美味しそうに、鮭のいくらの卵のように、固まって、覗かせている。もうそろそろ、完熟の食べ頃であろうか?なかなか、普通のお店では、お目に掛かれない代物である。そもそも、こんな果物(?)を食した経験のある人は、相当の年配の人でないと、いないのではなかろうか?食べ物とは、食べた経験がないと、なかなか、手を出しにくいものである。そういう観点からすると、このアケビなどは、桑の実などと共に、危険危惧種、化石的な果物に、今や、なりつつあるのかも知れない。そんなことを考えながら、黒い小さな粒を出しながら、食すると、結構、実に、美味である。こういうものは」たくさん食べる必要は全く無いであろう。ただ、季節の旬に、一口、一味だけ、食すれば宜しいのかも知れない。その意味では、松茸などとも、同じ感覚かも知れない。ある種、贅沢な果物なのかも知れない。それにしても、地方でのこういったある種の稀少な食べ物を食することができるという事は、誠に、恵まれているという他ないかも知れない。毎年、すこしづつでもよいから、こういう商品を、産直売り場には、並べてもらいたいものである。宿泊施設で、提供したら、どんな反応をお客さまは、示すことであろうか?きっと、すぐに写真撮影して、SNSに投稿でもすることであろう。運がよければ、アケビが食べられる宿!というキャッチ・コピーも、悪くはなさそうである。

 

フクロウの声を聴く:

フクロウの声を聴く:

随分と昔のような気がする。今は、亡き愛犬と一緒に、近くのいつもの冬の里山の散歩コースを一緒に散歩していたら、頭上をかすめて滑空する大きな鳥の影に、思わず、首をすぼめたことを想い起こす。何と、白い羽毛の大きな鳥が、翼を拡げて、滑空してきたのである。そう言えば、裏の森の奥には、30年も前から、フクロウが棲みついていて、その図太い、低いよく響き渡る声で、ホッ・ホッ・ホーと、夏の夜空に、どのくらいの範囲で聞こえるのかは、判らぬが、一晩中、鳴いていたことも、併せて、想い起こした。今年の夏は、結構短く、寒かったので、窓を閉め切って寝ていたせいか、どうかは判らぬが、フクロウの声が聞こえなかったような気がする。それでも、きっと、夜になると、太い声で鳴いていたことであろう。思わず、その声を聴いた途端に、何やら、懐かしい、安堵感が出てきたものである。やはり、里山の森の守り神なのであろうか?NHKのダーウィングが来たによれば、夏の間には、虫の声や様々な音が発せられるので、それが、一種の雑音のように共鳴して、フクロウの耳には、捕食するねずみの音が、うまくキャッチできずに従って、狩り自身が、難しい時期だそうである。しかし、雪の降る寒い冬になると、今度は、事態は一転して、好条件になるそうである。そう言えば、昔、ベランダの野鳥の餌台の隅に、小さな白い二十日鼠が、隠れていて、ビックリしたことがあったことを想い起こす。むこうも、さぞかし、ビックリしたことであろう。それにしても、久しぶりに、フクロウの声を聴けて、おおいに、安心しました。最近では、鹿の駆除に、電気柵が設けられて、すっかり、獣道も、蹄の後も、観られなくなってしまいました。それは、それで、畑や果樹園を守る為には、やむを得ない措置なのであろうが、何とも、共生という観点からは、何か、物寂しいものを感じざるを得ませんね。フクロウもカラスとの闘いに、何とか、頑張って、この森の中で、生き続けているようであります。一安心です!

 

パラリンピックに考える:

パラリンピックに考える:

これまでの報道姿勢と、若干、NHKや新聞も含めて、パラリンピックに対する報道の姿勢というものが、異なっているように感じるのは、私一人だけであろうか?元々、障害者スポーツという一つの範疇でしか、健常者と称する我々は、見ていなかったが、どうやら、最近では、バリア・フリーではないが、やっと、ある種の色眼鏡を通じて見るのではなくて、その精神力や体力も含めて、自らも、おや、一緒にやってみたら、どんなものであろうかとも、思わせるような気を生じさせるような感じだろうか?とりわけ、何年か前に、スキャンダラスなブレード・ランナーの殺人事件を契機に、面白可笑しく、報じられたものであるが、こんかいのリオ・パラリンピックを観ていると、もはや、そんな見世物を見るような眼は、少なくなりつつあるのではなかろうか?オリンピックとパラリンピックが、同じ土俵の上で、競演しても悪くはなさそうだし、健常者の大会にも、パラリンピアンが一緒に、競技参加しても良さそうなものである。ようするに、健常者と障害者との垣根をなくすような場作り・機会作りが、必要では無かろうか?私が子供の頃の身体障害者のイメージは、復員してきた白い傷病兵服を着込んで、アコーディオンを抱えて、或いは、杖をつきながら、義手に義援金箱を吊した街頭に座り込んでいるか、国電の車内を廻りながら、おねだりする姿が、今も、目に焼き付いているものである。しかしながら、今日、テレビを観ていると、目が不自由でも、脚が切断されていようが、腰から下がなくても、様々なスポーツに、ハイテク車椅子で、自由自在に、パスケットも、走り幅跳びも、水泳でも、出来るものなのであることに驚かざるを得ない。更には、特殊な競技と云っては何であるが、ボッチャとか、ロールボールとか、年寄りでも、アイ・マスクを掛けて、一緒にやってみたら面白そうな競技もある。いずれにせよ、社会の壁を打ち払い、共通の場と交流の場作りが必要不可欠であろう。前回の東京オリンピックの時には、パラリンピックが開催されたことは知っていても、それが、どんな印象を持っていたのか、市川崑監督の映画は、記憶していても、東京パラリンピックの記憶は、有していない。次の2020年のパラリンピックは、どんな記憶に残るのであろうか?もっとも、アメリカ軍の中には、傷病兵を、精神的、肉体的なリハビリの一環として、スポーツを通じて、資源としての部品再生に活用しようと位置づけ、膨大な費用で、パラリンピックへの参加を促しているとの報道もある。

 

PB商品の販売開始:

PB商品の販売開始:

地元の書家とのコラボで、まずは、新しいロゴを制作してから、いよいよ、日本酒と、新米の商品企画に入っていたが、何とか、形が出来上がってきた。まずは、日本酒の小瓶の300mlと720mlとである。ネット販売だと、免許の問題があるので、取り敢えず、宿泊客への提供とお土産品としての販売企画とする。メルマガにも販促するし、FBページやHP上での告知も含めると、ネット広告も期間限定で、行っても良いかも知れない。なかなか、よい感じにモックアップ・サンプルは、仕上がってきた。売り方次第では、酒好きのみならず、宿泊客の中ではファンが愉しめる品質のものであろう。地元の醸造・藏元で、結構勇舞ブランドの吟醸酒である。瓶の色も、ブルーで、高級感も有り、ラベルも鷲などに変更したら、更に、イメージが良くなるかも知れない。とにかく、出来るところから、手をつけて少しでも進めて行くことが肝心であろう。それ程の在庫負担もないから、いざとなれば、自分で飲んでもよいし、土産にあげても宜しいし、プラス要素として、考えればよいのではないだろうか?次は、収穫祭後の新米の販売である。3キロ・5キロ程度の小袋で対応すればよいか?兎に角、直売の流通を地道に、ファンを増やして行けば、こちらも、少しずつ、プラス要素を増やして行けば、やがて、それぞれが、大きな力になって行けば、ステップ¥バイ・ステップでゆっくりと着実に拡大させて行けばよい。何も、急ぐ必要もない。要するに、ゼロから、少しでも増えて行けば宜しい、そう考えると、気も楽になろう。人手とマンパワーが限られているのだから、他人の有する機能を活用する以外に知恵のだし用はない。知恵を絞るのは、何せ、タダだから、、、、、、。まずは、お酒、そして、新米、更に、りんご、最後に、リンゴジュースという具合に、進めてゆければ、よいかな。

 

PC遠隔操作を体感する:

PC遠隔操作を体感する:

PCのWindow 10へのアップグレードとか、色々と、厄介な問題を抱えながら、古いPCを騙し騙ししながら、浸かってきたが、メイリング・ソフトの更新を試みてみた。しかしながら、Officeに納められている他のソフトは、すべて、うまくサクサクと機能するのに、Outlookのみが、うまく起動しない。試行錯誤の末に、結局サポート・デスクへ、コンタクトするも、電話では、待たされてばかりで、結局、待ち時間の少ないチャットによるサポートを受けることにした。そうすると、サポート・デスクによる遠隔操作をして貰いながら、その指示に従って、相互に、その作業を閲覧しながら、一種の協働作業のような形で、解決方法を探るというものである。成る程、相手のカーソルの動きを見ていれば、何処へ、どんな作業を行っているのかが、瞬時に、把握できるので、これは、なかなか、興味深い。結局、旧いバージョンを削除して、再インストールして、ソフトの修正と修復を試みて、最終的には、二人の別々の担当技術者のサポートを受けて、起動するようになった。原因としては、ソフトのアドインの無効化が、どうやら、必要だったらしい。それにしても、標的型のウィルスによるPCのなりすましや遠隔操作というものを、実際に、体感できたことは、なかなか、興味深いことである。恐らく、電話口で、対応していたら、間違いなく、気の短い年寄りは、大声で、怒鳴り散らして、喧嘩になることは、間違いことであろう。それにしても、遠隔操作が、ある種、こんなに、簡単に、出来るとは、勿論、今回は、当方の承諾を得た上で、実施され、担当者の名前もきちんと、チャット画面上に、出てくるから、そえはそれで、宜しいのかもし得ないが、これが、自分の知らない間に、すべて、盗み見られるとなると、これは、誠に、気味が悪いだけではなくて、金銭的な犯罪の温床になるとすれば、穏やかではない。それにしても、チャットと遠隔操作作業という技術の進歩は、凄まじいものがあることを改めて、実感しました。

 

 

クラウド・スタッフという組織・運動体概念を考える:

クラウド・スタッフという組織・運動体概念を考える:

 

最近、ボランティア活動をする中で、地元と大都市圏で繋ぎ役のような役割が、柔軟な組織活動の中で、或いは、運動を展開する過程の最中で、有効に機能できるような何らかのネットワーク作りが出来ないかと考えていたところ、ここ数日の間に、その方向性を、『クラウンド・スタッフ』と言うような形で、現地、或いは、大都市圏との間を、あるときには、ネットでのつながり、又、ある時には、定期的に、face-to-faceで、アナログで、リアルに、実際に、顔をつきあわせて、議論できる場も必要で、この二つを有機的に、結びつけられないかという構想である。基本的には、毎日、或いは、常時、ネットでの連絡により、情報の共有を行いながら、会議や、イベントや具体的な運動・行動を起こすときには、実際に、行動に参加するか、、或いは、それが、何らかの事情で可能でないときには、別の形で、資金的にでも、情宣活動でもよいから、出来る範囲での参加協力をして貰えるようなそんな組織体制を作りたいものである。とりわけ、私が考える年寄りは、その有する豊富な知的所有権を、無償で、惜しむことなく、若い世代、次世代を担う人々へ、提供する事、お互いに、世代を超えて、得意分野と不得意分野を相互に、補完し合うだけの知恵の出し合いを切磋琢磨する場を、創り出したいものである。そうすることで、互いの有する得意分野での知的所有権を、もっと大きなエネルギーへ拡大できるであろうし、又、必ず、一つの結実へと導かれるものと確信する。知恵を出し合い、資金面で、支援も出来るであろうし、新たなビジネス・モデルにも、なり得るかも知れない。運動の中で、商品開発なども、さまざまなマーケティングも、克服できる可能性が現実的に、可能になることは間違いないであろう。イメージとしては、高校生から、大学生、20代・30代・40代・50代・60代・70代でも、各年代から、一人ずつでも二人でも、よいから、代表になるような人材が見つかれば、取り敢えず、年代が、すべてに、網羅されなくても、出来る範囲から、やって行けば、一種のプロジェクト・チームのような柔軟な組織として、アクティベート出来うるのではないかと、確信するに至った。それは、商品開発、ニーズ分析でもよいし、ある種の一つの商品の販売協力への呼びかけでもよいし、まずは、趣意書に基づいて、それに共感し、協力して貰える人々の参加・参集を図りたいものである。取り敢えず、秋口からのお米や、地酒・吟醸酒や、竹製品の販売などに関して、クラウド・スタッフを募集して行きたいと思い至った次第である。取り敢えず、30代・50代・60代は、目途がついているので、ここから、高校生、20代などへと拡大して行きたいものである。如何なものであろうか?

 

やる気というやっかいな陥穽:

やる気というやっかいな陥穽:

貧困から、逃れるために、人は一生懸命に、資格を取得したり、外国語を学び、少しでも、他人よりも優位に立とうとして、頑張るモノである。とりわけ、何処の国でも、教育への幻想というモノが日増しに、まして、大学進学や、異常なまでの加熱した学歴至上主義やら、海外留学キャリアー信仰へと発展してしまい、逆に、そうした『やる気と向上心』というものが、もたらしてしまう『陥穽』に、当事者は、気が付かないモノである。小諸市の第9回になるという『ディスカバリー小諸』という日本に、留学している留学生の短い期間でのホーム・ステイの受け容れに、参画して貰いたいと云うので、ボランティア活動の延長線上に、協力することにした。何でも、私に割り振られた相手は、昨年の10月に、ベトナムハノイから、やってきた19歳の青年である。色々と、訪日動機とか、こちらでの滞在生活の内容とか、生活振りとかを質問してみたが、なかなか、厄介なことであるが、基本的な意思疎通のベースである日本語が、覚束ない。昔、ベトナムで暮らしていたときの私のお手伝い向けの生活ベトナム語などは、全く、糞の役にも立たない。もっとも、少しは、会話してくる間で、思いだしてくるものの、南と北では、その発音が異なるから、こちらも戸惑ってしまうものである。ましてや、英語は、残念乍ら、向こうさんは、さっぱり、携帯電話の辞書を引かないと、理解出来ない困った状態である。それでも、何とか、朝08:30から、午前中、日本語の勉強をして、午後は、ずっと、夕方六時頃まで、有名なインスタント・ラーメンの製麺工場でアルバイトをして、夜は、宿題をして、就寝は、二時頃だそうである。アルバイト代は、月額7万円程度、残業をしても、9万円程度で、そこから、家賃3万円(WiFi利用料や、光熱費込みで、3人のアパートの相部屋だそうだ)、食費1万円を負担して、残りを親への訪日費用代の返済に充当しているとかで、コンビニやインスタント・ラーメンの食事らしく、晩ご飯を、ベトナム生春巻きの日本版(具材を刺身やハムに替えて、野菜と一緒に、手巻きで、古いベトナムの友人にお土産で貰った魚醤とチリー・ソース)で、食べながら、来年三月以降、どうするのかとか、将来、何になりたいとか、尋ねてみたが、東京へ出て、語学の勉強をやりながら、マーケティングなども、学びたいとか、、、、、大学は、学費が高いので、専門学校に進学したいと希望を熱く語っていた。それにしても、私の知りうる限りでのこれまでの旧いベトナムの友人達は、皆、奨学金を貰ったり、優秀な成績だったのであろうから、公費で、大学へ、留学に来たりしていたのに、較べて、何とも、悲しくなりそうな境遇である。おまけに、43歳のお父さんは、病気がちで、お母さんも又、医者通いとかで、妹を抱えて、自分が頑張らないといけないという境遇だそうである。何とも、五十年以上も昔、テレビのシャボン玉ホリデーで、ハナ肇や、ザ・ピーナッツが演じていた、貧困家庭のコメディーを彷彿とさせられる内容である。そんなにしてまでも、日本語を学び、海外で、食事を切り詰めて、お金を貯めて、両親に、尽くしたいというこの青年の思いには、ある種の『生真面目さに隠された陥穽』を、私は、皮肉にも、みてしまう。相手に、『今の幸せとは、何ですか?』と質問してみたが、日本語が、通じなかったので、会話が、途切れてしまったのは、おおいに、残念なことである。それにしても、生活が苦しくて、口減らしの一環で、海外移民に出ざるを得なかったのではなくて、自らの強い意思と向上心を以て、自己責任で、来日するというこの、現状が、世界至る所で、みられるのであろう。それは、不法移民ではなくて、ある種、ギリギリの貧困ビジネスのような物で、恐らく、『出す側と受け容れ側』との阿吽の呼吸の狭間で、この青年のように、彼らは、海外へ、夢と希望を持て、出掛けてくるのであろうが、その行き着く先は、一体、どんな地平なのだろうか?振り返って、自分が19歳の時には、果たして、どんな思いであったのであろうか?この青年のようなそんな大それた大志や野望を抱いていたであろうか?語学留学とか、海外研修制度とか、役人が机の上で、ペンを舐め舐め、企画した事実上の安い労働力の提供というなし崩しの一種の移民政策は、そんあ実態を垣間見たような気がしてならない。これが、本当に、異文化の交流とか、理解とかに、繋がるのであろうか?残念乍ら、この青年は、夕食後に、昼からの咳がひどくなり、携帯の辞書で、胸が痛く、肺炎ではないかと心配し、医者に診て貰えないかと云うので、初めは、夏風邪とタカをくくっていたが、薬を持参しているというので、薬局の処方した薬をみると、気管支喘息の薬であった。どうやら、暑い夜中に、部屋で、クーラーを懸けっぱなしにして、就寝していたために、喉・気管支をやられたらしく、おまけに、雨の中傘を差さずに、濡れてしまい、体調を崩してしまったらしい。そんなこんなで、念の為に、京都にいる私の古いベトナム人の友人へ、夜、ネット電話で、直接状況を話して貰い、どうしたいかを再確認したうえで、最終的に、翌朝、上田のかかりつけの病院へ、診察を受けるべく、急遽、予定をすべて、キャンセルして、レントゲンを撮り、肺炎かどうかを、兎に角、診察して貰うことにした。ネット電話で話をしているときも、咳と痰が止まらず、症状がひどくなってきた。結局、翌朝は、トウモロコシとハム・エッグ・トーストとコーヒーと、スイカ・長野パープルという、朝食で、完食したから、食欲は大丈夫だろうと判断したものの、海外で、病院通いというのは、実に、私の個人的な体験からも、心細いモノである。上田に在住のベトナム人の先生に、急遽、病院で、ドクターへの通訳を依頼して、私は、お役目御免、バトン・タッチ終了とした。何でも、その後の連絡では、レントゲンで、肺炎ではないと確認され、点滴を打って、処置されたとのことで、まずは、一安心であろう。それにしても、こんな生活をしていたら、又再び、体調を悪くして、ぶり返してしまいかねない。一日も早い健康の回復を、願いたいモノである。そして、一日も早く、日本語をもっと、うまく話せるようになってもらいたいものでる。奨学金や、起業という陥穽が、問題視されているが、全く、語学という、或いは、語学留学という、麻薬のようなものが、つきまとっていることを、忘れてはならないし、かといって、事勿れ主義でも、困るが、バランスが、難しい所である。色々な意味で、勉強させて貰えました。

 

サウジアラビアの次は、ベトナムの友人ご一行様か?:

サウジアラビアの次は、ベトナムの友人ご一行様か?:

サウジアラビアの留学生を迎えた後は、今度は、古いベトナム人の友人が会社の幹部を連れて、日本へ展示会の見学のついでに、お盆休み期間中にやってきた。全く、この期間中の交通の混雑など、全く、眼中になく、誠に、ベトナム人らしい、脳天気な連中である。しかも、私に、富士山をみたいので、レンタ・カーを借りて、お金を支払うから、6人丸ごと、一日掛けて、観光できないかと、、、、、、、彼らは、ベトナムでは、運転手付きだからよいが、私の経験では、アメリカ駐在の時も層だったが、運転手兼、ツアーコンダクターは、すべて、自分一人で、請け負わざるを得ないのが、宿命である。結局、国民性の生かどうかは、判らないが、案の定、予想はしていたが、各人てんでんばらばらのニーズで、朝八時に、都心のホテルにピックアップに往けば、いきなりWiFi ルーターが借りられないかと、何でも、前の晩、成田空港で店が閉まっていて、駄目で、結局、近くの新橋のヤマダ電機で、ルーターを借りに云ったが、最終的には、親切な店員が対応してくれて亜、SIMカ^ドに、アクティベーションまで、英語でやって貰って、ネット接続が可能になった。すると、我も我もと、結局3人が購入して、1時間ばかり、余計な時間を費やしてしまった。何やかやで、出発は、11時過ぎにずれ込んでしまった。そこから、首都高速経由で、一路、河口湖へ、雲に蔽われた富士山をみながら(?)五合目まで、往きたいとかで、車で、行こうとしたら、この期間は、マイカー規制で、通行禁止になっていて、結局、山中湖へ、そして、混雑を避けて、御殿場のプレミアム・アウトレットへ、何せ、初めての所ばかりで、外人にでも、連れて行って貰わなければ、来ないところばかりである。それにしても、ひどい混み方である。時間をわざとずらしても、何せ、15日では、如何せん、無理である。それにしても、買い物も、スニーカーとか、靴が多いのは、何故だろうか?本物と云えば、本物だが、逆説的云えば、如何に、現地では、偽物が多いかが、判る。困ったものである。それにしても、中国人とか、外国人観光客、とりわけ、アジア系が買い物は、多いのには、驚いてしまう。軽井沢のショッピングセンターも、アジア系が大きな声で闊歩しているそうである。何とも、品格が疑われる。これは、国民性だけなのであろうか?それとも、拝金主義の成せる技なのであろうか?美味しい、お寿司をご馳走になったから、あまり、文句も言えないけれども、、、、、、。更に、お金を落として貰うべく、帰りの時間を午後八時まで、すらしたせいか、帰りの高速道路は、多少、混雑していたが、何とか、夜10時半までには、ホテルに戻ることが出来たのは、幸いであった。結局、富士山は眺められなかったことから、又、次回、春にでも、桜の季節に、富士山を是非見に来たいと、云う事になった。

伯母を伯父と共に、見舞う:

伯母を伯父と共に、見舞う:

お中元ではないが、季節の便りの梨を伯父から戴いたので、糠地の桃をお礼に持参しながら、久しぶりに、一緒に、介護施設に伯母を見舞うことにした。そう言えば、もう3年も経ってしまったのか、時間が経つのは早いモノである。伯父も、以前、脳梗塞で、大手術を乗り越えて、回復したのに、皮肉にも、あんなに、一生懸命、看病もして、山歩きもしていた元気だった伯母の方が、今度は、自分が、脳梗塞で倒れてしまう、逆に、一命を取り留めながら、右半身が麻痺して、更には、命と引き替えに、胃ろうまでされた上に、曾孫の誕生を待ちかねながら、ニコニコして、見舞い人をどこまで、認識しているのか、どうか、判らないが、出迎えてくれた。もっとも、伯父の方も、脊柱管狭窄症が悪化してきてしまい、看病に、毎日来ていたのに、結局、来られなくなってしまい、見舞い人二人とも、杖をつきながら、車で、来る始末である。もう、伯父伯母も二人づつになってしまったが、二人とも、伯母は、介護施設で、伯父達も、腰が悪くて、一人暮らしを強いられているのが、現状である。何でも、最近では、週二度のヘルパーさんに助けられて、洗濯機や電子レンジの使い方もマスターして、何とか、日常生活を送っていると、後どれくらいの時間が残されているかは、判らないが、思い立ったら、吉日ではないが、気が向いたら、顔を合わせることくらいは、してみることにしようか、そうすれば、亡き母も喜んでくれるかも知れない。それにしても、最近、人生の終末について、色々と考えさせられることが多い様な気がしてならない。

 

 

理想的な顧客ターゲットとは何か?:

理想的な顧客ターゲットとは何か?:

全く客商売というモノは、辛いものである。それにしても、顧客管理画面のビッグ・データの懐石を詳しく、眺めていると、随分と、様々なことがらが、透けて見えてくるから面白いモノである。私は、ボランティアだから、このビッグデータの解析結果から、見えてくる理想とする『顧客ターゲット層』とは、一体、どんなモノなのであろうか?少なくとも、インバウンドでも、国内顧客でも、共通する様々な点が浮き彫りにされてくるから、面白いモノである。予約をかなり前から、確定してくる顧客は、どういう訳か、客単価が、高くて、当日、宿泊先を捜すような顧客は、どうも、素泊まりが多くて、客反がいずれも極めて低いのは、興味深い。しかも、ほとんどが、食事をとらないし、とっても、夜の八時以降の極めて、オペレーションを妨げる顧客層である。しかも、食事は、残り物でも何でも宜しいという泣けてくるような地産地消のコンセプトも何もあったモノではない。キャンセル料というモノも、高級なホテルや旅館であれば、かなり前からも、しっかりとキャンセル料を取るから、こきゃくがわは、キャンセルをしにくくなるのも事実であろう。それよりも、予約が鳥温井という状況も、確かに、何らかの意味で、公開できる仕組みも必要なのかも知れない。ある種ブランド作りというものも、着実に、必要不可欠ということになってくるであろう。要するに、宿泊料金だけでなくて、食事とか、環境、その他の付加価値を、価格の中に、転嫁できる工夫を整えなければ、なかなか、その場限りでの選択ということになり、他になかったから、要するに『消極的な消去法』で、残ってしまったからと言うことになってしまうのであろう。食事の量と質とコストとのバランスも、又、オペレーションの合理化、工夫、仕込みの合理化、生産性とか、人員配置とか、全く、工場での生産管理と全く同じであるにも拘わらず、以外と、ファミリー・オーナーというモノは、存外、そういう思考回路が、残念乍ら、繋がっていない。だいたい、外食産業界では、シェフ出身などが、成功した試しがないというのは、こういう所からも来ているのかも知れない。これは外食に限ったことではなくて、農業でも同じ事が云えるのかも知れない。意外と、中に入っていると、『怒りのコントロール』ではないが、『自分を客観視』することが、ないのであろうか?酒のPOPを各テーブルへの配布にしても、コンビニのレジ横の商品ではないが、結局置けば置いたで、必ず、注文してみようかなということになり、食事の客単価も、アップに繋がる結果になるというモノである。

話は、元に戻るが、結局、好ましい理想の顧客とは、この宿泊場所のコンセプトと哲学をりかしてくれて、しかも、お金を落としてくれることで、予約も事前に、してくれて、食事もゆったりと、くつろげるなかで、地元のスタッフとも、自由に話が出来るそういうホテルや老舗旅館とは異なるような差別化が、可能になるのかも知れない。その為には、何を、したら良いのかが、総合的に、或いは、各種別々の面からの作戦とカイゼンが必要になってくるのかも知れない。そして、その逆の側面、即ち、足を引っ張ってくるモノは、何で、何故、層なのか、そして、それを如何に、どの時点で、切り捨てるのかを判断することが重要であろう。エアビの方向性も見えてきたので、今度は、個人零細経営の改善事業を、ボランティアで、てこ入れしてみることにするかな。なかなか、こちらも、興味深い活動である。

 

警察からの突然の電話:

警察からの突然の電話:

突然、携帯電話に見知らぬ番号から、電話があった。いつもなら、そのまま、パスするところであったが、たまたま、電話がかかってくる予定があったので、電話口で対応すると、何と、宮古島警察署からの電話であった。ヒョッとして、宮古島と云う事は、私の友人で、宮古島在住の彼に何かがあったのかと瞬間思った途端に、向こうから、29日に部屋で、ご遺体で見つかったとの由で、たまたま、私の電話番号が電話帳に記載されていて、家族の連絡先を問い合わせる電話であった。要するに、自宅マンションで、『孤独死』であったらしい。2週間程前に、何でも、突然、突発性の難病に罹り、東京の病院に入院していたとかで、食事も、大好きだった蕎麦も、グルテンが含まれない十割蕎麦が、食べたいというので、アマゾンから、送附して、受領確認がされたばかりだったのに、、、、、、。何とも、人生、複雑な思いである。その時にも、電話で、孤独死にならないようにね、などと、軽口を叩いたのに、全く、人生、分からないものである。高校一年の時の同級生だったから、もう、50有余年の付き合いである。結婚式にも出席したし、レストランを開業したときも、時々、顔を出したり、自由が丘にフレンチのレストランを移転・開業した後も、結構利用したものであったが、離婚にも、遭遇したり、その後も、老母の介護に明け暮れて、その果てには、遺産の財産分与を巡って、兄達との骨肉の争いの果てに、結局、店を閉店して、生前財産分与の一部を返済したり、子供がいなかったために、沖縄、宮古島へ、移住することにしたらしい。5年ほど前のことだったろうか?2回ほど、女房殿と一緒に、宮古島へゴルフ旅行に行ったりしたときに、旧交を温めたりしたり、宮古島のマンゴーを、毎夏、送って貰ったりもしたものである。全く、人生とは何で有り、人生の終わりとは、どのように迎え、その前に、どのように準備したらよいのであろうか?全く、考えさせられてしまう。新聞や、報道で、『孤独死』の問題は、遺品の整理や、遺骨の処置も含めて、様々な問題があることは、見聞きしていたものの、一体、葬式の日程は、遺骨は何処に葬られるのであろうか?熱心な仏教徒だったから、お経の一つも、挙げてやりたいところであるが、どうしたものであろうか?早速、別の『孤独死候補の友人には、メールしておいたら、『他人事ではないね!』と返信があったが、こちらは、長男がいるから、安心だろうか?もっとも、一人暮らしには、変わりはないが、、、、、。人は、子供の頃、虫や小鳥や魚の死などで、或いは、可愛がっていたペットの死を通じて、更には、祖父や祖母や、或いは、親兄弟などの死を通じて、自分の人生を見つめ直しながら、大人になってくるのかも知れない。その意味では、伊集院ではないが、別れることと別れる力というモノが、生きる力にもなるのかも知れないが、歳をとるにつれて、ある種の喪失感というモノも、芽生え始めるモノであろうか?何とも、残りの人生を改めて、感じる契機となったことは間違いないであろうか、冥福を祈りたいモノである。

 

国益という身勝手な怪物:

国益という身勝手な怪物:

昔、現役だった頃に、カントリー・リスクというモノを論じる何かの機会があって、識者と称する人からの、見解を聞いていたときに、この人は、何も現場を知らない、机上の空論であるなと感じたことがあった。最近、アメリカの大統領予備選挙を眺めていると、共和党も、民主党も、どちらも、例えば、TPPの問題でも、今更、自らが提唱しておきながら、何やら、グローバリズムに、反対などであると、全く訳の分からぬ事を言い始めるし、移民の国なのに、移民を排斥したいとか、穏やかではないが、又、英国のEU離脱ではないが、散々、これまで、メリットを享受しておきながら、今度は、手の平を返したように、大英帝国の過去の栄光と繁栄を未だに忘れられないのか、帝国自身の孤立と解体を懸けて、離脱という選択肢を選んだ訳であるが、これもそれも、すべてが、一国主義と自国国益優先主義の賜物ではなかろうか?日本という国は、或いは、日本人というモノは、第二次大戦で打ち負かされたせいだろうか、兎に角、様々な国々への配慮と、異常なまでの気配りと、それとも、従属ともとれるようなおもねり(?)とで、イラク参戦追随ではないが、検証作業も、なおざりに、国益の主張は、お隣の自称大国の南シナ海での派遣に較べれば、全く、国益などは、どこかに置いてきたような有様である。それにしても、国益とは、一体、何を意味し、何を代表とするモノなのであろうか?そして、グローバリズムの超本人は、一体、どうしたもので、自らが種まきしたモノを逆に、批判してしまうのであろうか?それ程までに、自国優先主義と一国主義と孤立主義は、本当に、有効な手法なのであろうか?その点、日本は、常に、出る杭は、打たれるではないが、自国民族主義の為に、いつも、お隣の国々には、ブレーキを掛けられている立場で、国益などを主張するどころではないのが現状であろうか。幸いなことにそれが、よいことかどうかは、判らぬが、どうやら、世界情勢は、そんなこととは関係為しに、我が儘勝手な大きな渦が渦巻き始めているのであろうか?

 

穀物の遺伝子組み換えと果樹の交配新品種:

穀物遺伝子組み換えと果樹の交配新品種:

先日、日本の農業は、その生産性において、オランダとは、いつの間にか、格段の差がついてしまったというような事を報道されていたが、何が原因で、そんなことになってしまったのであろうか?小麦の遺伝子組み換えとか、馬鈴薯遺伝子組み換えには、随分と日本人は、敏感なのに、川魚とか、果樹の属性が同じ交配種に関しては、随分と、めざといモノがある。ある産直売り場で、サクランボとスモモを交配させた、一見、姫りんごとおぼしき直径二センチくらいの小粒の果物が、300グラムくらいのパックで、200円ほどで販売されていたので、早速、購入して、試食してみたところ、なかなか、面白い果物である。色々と調べてみると、既に、アメリカンチェリーのどす黒い色とスモモを掛け合わせた、バイオチェリーというものが、既に出回っているという。メスリーという名前のスモモも、あるらしい、スモモの味であると、どうやら、値段の方は、スモモに連動してしまうモノなのであろうか?それでも、産地でもないと、なかなか、すももやプルーンなどは、生食で、食べないものである。それでも、現地で、生食で、味わってみると実に面白いモノである。又、農家でも、毎年、こうした品種改良ではないが、皮を柔らかくして食べやすくしたり、色々と工夫しているようである。それでも、毎年、どんな新しい種類の果物が出てくるのかなどと期待するのは、楽しいものである。これから、いよいよ、もも、すもも、プルーン、デラウェア、ナガノ・パープル、シャイン・マスカット、メロン、すいか、マクワウリ、そして、野菜では、トウモロコシ、とか、枝豆とか、次から、次へと、旬のものが出始める。

 

 

サービスの対価と言う概念を考える:

サービスの対価と言う概念を考える:

昔、海外で、ファミレスで珈琲を飲んでいたら、典型的なおばちゃんのウェイトレスが、いきなり、自分が好みの甘さとミルクの絶妙な加減を維持していたのに、有無を言わさずに、コーヒーをたっぷりと濯いでしまい、誠にその味たるや、絶望の淵に追いおとされたおもいがしたことを懐かしく思いおこした。長野県でも、あるときに、女房殿とお茶を戴いていたところ、女房殿は、別に喉が乾いていたわけではないのであるが、茶碗を飲み干して、急いで、席を立とうとしたところ、すぐさま、お茶を注がれてしまい、席を立つチャンスを逸してしまい、これが、二三回続いたときには、流石に、もう結構です!と、鄭重に、言い放ったが、この光景をその相手の家人と、後で、問い糾したところ、当地では、お客様が、湯飲み茶碗を空っぽにすると、すかさず、お茶を注ぐという一種の文化的な風潮があることを、後日、聞き及んだ。成る程、面白いものである。こちらは、少しでも、お茶を残しては、申し訳ないから、すっかり、飲み干してしまうが、そうではなくて、そのまま、残しておいても、一向に差し支えはないらしい。サービスの対価とは、一体何なのであろうか?客の気持ちを忖度して、それに対して、自らの側で、いくらくらいになるのかを、計算することなのであろうか?それとも、それこそ、お裾分けではないが、贈る側は、贈られる側の気持ちを忖度することなく、無償の気持ちを、お裾分けという形で、自らの悦びをシェアーするという行為の形の表れなのであろうか?亡くなってしまった母は、生前、兎に角、人に対して、極端なときには、配達をする他人までも、暑いのにご苦労様でしたと、アイスクリームや冷たい飲み物を与えたりしていたことを不思議に想い起こす。長い歴史を有する古民家の農家の家のしきたりというものは、実に面白いモノである。菓子折一つにも、倍返しとは云わぬが、まるで、私の母が、生前良く言っていた、人様には、必ず、小さなものでも、必ず、お返しを欠かしてはいけない、と、まるで、貸しを作られるのを嫌がるが如く、借りは決して作らず、盆暮れには、せっせと、百貨店から、中元・歳暮のお返しは、それこそ、半世紀近くも、欠かさなかった。まるで、それを想い起こさせるような光景である。成る程、今日的なサービスの対価なる概念は、結局、何らかの資本主義社会での経済原則の中でのものであって、どうやら、人々の心に根ざした、生き方とか、家の誇りとか、その地域・文化的な固有な考え方というモノは、そういう類の範疇では、推し量れない何かがあるのかも知れないことが、日常生活の違いの中で、再認識されて実に面白い。きっと、亡き母が、生きていたら、話が間違いなく合うことであろう。これまでのビジネス中心の社会とは異なる人々との日常会話には、なかなか、老人体操教室も含めて、実に、面白い刺激的なモノである。都会では、そんなことに気が付きもしない。

 

 

76歳にしての重い選択:

76歳にしての重い選択:

最近では、ボランティアの活動に時間を費やされていて、とんと、政治的な問題に対して、ブログでコメントする機会がなくなってしまった。そんなこんなで、参議院選挙の結果にも、まぁ、そんなところかなと云う程度にしか、日本人の民意とは、こんなモノなのかという印象を持っていたところへ、究極の後出しジャンケンではないが、熟慮に、熟慮を重ねたのであろうか、鳥越俊太郎氏が、野党統一候補として、名乗りを上げたところ、一斉に、野党側は、もっけの幸いとばかりに、これを担ぎ上げてしまった。方や、官僚出身の手堅い候補者や、政界の渡り鳥という異名を有するやはり、ニュースキャスター出身の先出しジャンケンに掛けた、反自民票を狙った棒女性候補も、これでは、全くの形無しであろうか?結局ここまでの政党の側での人選をみていると、本当に、人材が不足しているのではなくて、既に、枯渇しているような有様を呈しているのは否定できない現実であろうか?今回の参議院選挙での若者の投票率を分析したコメントを読んでも、本当に、危機意識を持って、投票したければ、自ら、住民票を取り寄せてでも、投票所に行って、一票を投じるそのくらいの気概がなければ、こんな上からの『与えられた18歳選挙権』などは、糞食らえとばかりに、主張しても良さそうなモノであるが、、、、、、。考えてみれば、自分が18歳の時には、選挙や、ましてや、政治参加などの声は、ベトナム反戦運動の中で、教室で、勉強や受験勉強をしていて、果たして、良いのであろうかなどと、肌身に滲みて、感じたものであるが、如何せん、今や、老人層しか、そういた危機意識を感じるものが少なくなってしまっているのであろうか?誠に、76歳にしての決断、とりわけ、癌の手術を経て、健康を取り戻したとは云いながらも、失礼だが、年齢だけから、判断すれば、この老人の決断は、如何にも、重いし、老人というモノも、まだまだ、捨てたモノではないなと思う次第である。総評もなくなり、農協も力を失い、年金暮らしの年寄りも、まだ、これからは、死ぬまでに、一働きも、二働きも、若者に負けじとばかり、大きな流れに逆らって、逆流を巻き起こせるかも知れないかな。テレビ朝日やTBSから、或いは、ジャーナリストからの政界への転身を、今回、幾人かにみていると、やはり、マスコミに対する何らかの眼に見えない権力の風圧が、徐々に、空気を読めよ!という風潮が蔓延してきて、一億、総茹でガエル化しつつあるのかも知れない。実務家を無難に選択しようとする構図と今度は、対局の構図との闘いに、無機質的なものから、何か、どろどろした情念の闘いの場に、引きずり出されたような構図に移ってきたようである。果たして、不信と混乱の中で、都民の選択は、どちらを、選択することになるのであろうか?