小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

温泉場での少年の会話におもう:

温泉場での少年の会話におもう:

 

老犬介護の湯治客だから、大体、決まった時間に掛けて、温泉施設に出掛けるが、春休みの為なのだろうか、小学生が、お爺さんと一緒に、風呂に来ることもしばしばである。たまたま、湯上がりの脱衣場で、小学4年生くらいの男の子だろうか、もう一人で、入浴にきていて、同じ風呂上がりのお年寄りと話をしていた。どうやら、今中継中の高校野球の試合の途中経過の話題らしい、別に、知り合いのご老人でもないらしい。しかも、一度、脱衣場から、出て行き、すぐさま、テレビの途中経過を報告しに戻って来た。又、別のご老人が、声を掛けて、「僕は、野球選手になるのかね?」と問いかけると、その少年は、冷静に、「そんなことは、ありません。」と、、、、、、、。何とも、この会話の応酬に、思わず、内心、ほくそ笑んでしまった。都会では、そもそも、銭湯も少ないが、それ以前に、見知らぬ人に、声を掛けられたら、母親から、「注意しなさいよ!」と、教育されていて、況んや、見知らぬお爺さんに、テレビの試合の途中経過を報告しに、わざわざ、戻るなどとは、考えられない訳です。ましてや、脱衣場で、見知らぬ人と話などすることはないでしょう。確かに、見知らぬ人に、声を掛けられたりしたら、身構えなければならないのかも知れないが、私が、感心したのは、この少年の有するおおらかさと、見ず知らずのお年寄りのご老人にも、物怖じしないで、喜んで、しっかりと、会話が出来ていることである。きっと、家族にも、お爺さんやお婆さんと一緒に暮らしているのかも知れない、だからこそ、さりげなく、何の抵抗感もなく、しっかりとした会話が出来たのかも知れない。この少年の笑顔と行動は、一体どのような家庭環境で、生まれてきたのであろうか?裸の付き合いとはよく言ったものであり、ご老人も、孫のような他人の少年との会話を何気なしに、まるで、知己のように、会話を交わせるのは、素晴らしいことではないだろうか?きっと、この少年は、発達障害のような現代的なコミュニケーション問題に陥ることはないのではないだろうか?何気なく、見知らぬ人とも、会話や挨拶が、自然に出来る雰囲気が、温泉浴場には、どうやら、あるようである。もっとも、発達障害や接触障害を抱える人は、小さい頃から、その萌芽が垣間見られたのだろうか?難しい問題である。考えさせられてしまうモノがある。