小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

官製春闘とは?:

 

官製春闘とは?:

 

昔、まだ、初任給が、8万円以下だった新入社員の時代、毎年、春には、春闘と称して、国鉄が、遵法闘争ののろのろ運転で、念のために、1時間以上も前に自宅を出て、ギュウギュウ詰めの通勤(痛勤)電車に揺られて、会社に通ったものである。当時、サラリーマンは、自分の上司と給料は、自分で決めることは出来ないとまで、言われていたものであるが、(今も、それは、変わりはないのであろうが)それでも、労働組合運動は、ベアのアップを官公労を中核にして、何とか、形ばかりではあったが、今に較べると、頑張っていたような気がする。それにしても、今や、賃上げも、政府主導で、産・官一体となりながら、アベノミックスの底上げの一環として、連合を置き去りにしつつ、進行中である。確かに、「官製春闘」と呼ばれても、致し方ないであろうか?それにしても、連合は、声高に協力すれば、政府の努力に、称賛を送ることにもなり、やらなければやらないで、その労働運動自体の存在意義が問われかねない。非正規雇用労働者の給料改善や年収200万円以下の労働者の問題など、労働運動の内部ですら、既に、二重構造の体たらくである。労働分配率内部留保の問題を避けながら、果たして、労働運動は、その組織率の低迷と乏しい成果の中で、一体、官製春闘というoffensiveに対して、どのような対応を行うのであろうか?英語では、Labor Offensiveだった覚えがあるが、今や、Labor Defensive なのだろうか?又、労働者による「声なき声」は、何故、一向に、吸い上げられないのであろうか?そのうち、何でも、お上からの「官製民主主義」も、改めて、提起されてくるのではないだろうか?やっぱり、反原発運動も、小泉頼みでないと、立ち行かないのであろうか?何とも、官製春闘といい、寂しい限りである。そう思うのは、昔を知る年寄りだけであろうか?若い人達は、どう思っているのであろうか?おおいに、知りたいところである。