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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

警察からの突然の電話:

警察からの突然の電話:

突然、携帯電話に見知らぬ番号から、電話があった。いつもなら、そのまま、パスするところであったが、たまたま、電話がかかってくる予定があったので、電話口で対応すると、何と、宮古島警察署からの電話であった。ヒョッとして、宮古島と云う事は、私の友人で、宮古島在住の彼に何かがあったのかと瞬間思った途端に、向こうから、29日に部屋で、ご遺体で見つかったとの由で、たまたま、私の電話番号が電話帳に記載されていて、家族の連絡先を問い合わせる電話であった。要するに、自宅マンションで、『孤独死』であったらしい。2週間程前に、何でも、突然、突発性の難病に罹り、東京の病院に入院していたとかで、食事も、大好きだった蕎麦も、グルテンが含まれない十割蕎麦が、食べたいというので、アマゾンから、送附して、受領確認がされたばかりだったのに、、、、、、。何とも、人生、複雑な思いである。その時にも、電話で、孤独死にならないようにね、などと、軽口を叩いたのに、全く、人生、分からないものである。高校一年の時の同級生だったから、もう、50有余年の付き合いである。結婚式にも出席したし、レストランを開業したときも、時々、顔を出したり、自由が丘にフレンチのレストランを移転・開業した後も、結構利用したものであったが、離婚にも、遭遇したり、その後も、老母の介護に明け暮れて、その果てには、遺産の財産分与を巡って、兄達との骨肉の争いの果てに、結局、店を閉店して、生前財産分与の一部を返済したり、子供がいなかったために、沖縄、宮古島へ、移住することにしたらしい。5年ほど前のことだったろうか?2回ほど、女房殿と一緒に、宮古島へゴルフ旅行に行ったりしたときに、旧交を温めたりしたり、宮古島のマンゴーを、毎夏、送って貰ったりもしたものである。全く、人生とは何で有り、人生の終わりとは、どのように迎え、その前に、どのように準備したらよいのであろうか?全く、考えさせられてしまう。新聞や、報道で、『孤独死』の問題は、遺品の整理や、遺骨の処置も含めて、様々な問題があることは、見聞きしていたものの、一体、葬式の日程は、遺骨は何処に葬られるのであろうか?熱心な仏教徒だったから、お経の一つも、挙げてやりたいところであるが、どうしたものであろうか?早速、別の『孤独死候補の友人には、メールしておいたら、『他人事ではないね!』と返信があったが、こちらは、長男がいるから、安心だろうか?もっとも、一人暮らしには、変わりはないが、、、、、。人は、子供の頃、虫や小鳥や魚の死などで、或いは、可愛がっていたペットの死を通じて、更には、祖父や祖母や、或いは、親兄弟などの死を通じて、自分の人生を見つめ直しながら、大人になってくるのかも知れない。その意味では、伊集院ではないが、別れることと別れる力というモノが、生きる力にもなるのかも知れないが、歳をとるにつれて、ある種の喪失感というモノも、芽生え始めるモノであろうか?何とも、残りの人生を改めて、感じる契機となったことは間違いないであろうか、冥福を祈りたいモノである。