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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

色々な生き方があるものである:

色々な生き方があるものである:

小諸の里山にやってくる外国人の観光客やウーファーには、本当に、その人生観と云おうか、生き方と云おうか、実際、感心させられてしまう。何でもシカゴから、やってきた青年は、現在、東京で、英語を日本の会社の従業員へ、教える授業を受け持ち、たまたま、上田のある有名な家電工場へ、出張授業に来たついでに、短い週末の休みを利用して、小諸まで、脚を伸ばして、やってきたそうである。授業は、すべて、母国語の英語のみで、日本語を話しては、生けない規則だそうである。一体、何処で、日本語を勉強したのですかと質問したら、何と、毎日、生活しながら、カラオケも含めて、毎日が勉強で、分からないと、すぐに、携帯にある飜訳アプリの辞書で、日本語の意味を勉強すると、そして、夜は、逆に、スカイプを使用して、香港に在住する日本人の先生から、今度は、日本語を習っているそうである。これでは、昼間に、自国語の英語で、生活費を稼ぎ、今度は、更に、その稼いだお金で、日本語を更にブラシュ・アップして、時間の空いている時間帯には、40件ほどの東京の契約している家やマンションを、海外の観光客向けに、季節により賃料は異なるものの、最低8千円程度から、斡旋するAirbnbのカスタマー・サービスの英語担当を請け負い、これで、手数料を戴いているそうである。何とも、逞しい、元気な青年である。何故、日本人は、こうした生き方が出来ないのであろうか?何が何でも正社員で、何処かの会社に、就職して、ブラック企業紛いの厳しい労働条件と過酷な処遇の中で、精神を病んだり、肉体的に、疲労したり、或いは、派遣社員という地位からずっと、抜け出せない情況では、一体、この違いは、何処にあるのであろうか?説明によれば、全く、ストレスを感じることなく、毎日が、新しいことを学び、楽しく、お金を自ら稼ぎ、更に、キャリアの向上を日々考えていると、、、、。何とも、見習いたいようなタフな考え方であろうか?日本人は、少し、恵まれすぎているのであろうか?ひとつのレールの上に、乗っかり、レールを外れることなく、人生これ安全に、可もなく、不可もなく、過ごしてゆくことが本当に、生きているという実感に繋がるのであろうか?香港からやってきた若い女性ディザイナーのウーファーにしても、父親と共に、雨傘革命に参加したり、慣れない農作業や肉体労働を様々な土地で、見知らぬ異国の人付き合いの中で、体験するということは、彼女のこれからの人生にとっても、かけがえのない経験になることであろう。ひとりぼっちで、見知らぬ土地で、働き、メシを食い、一緒に酒を飲むことは、これ程、ソフト外交に寄与することはなかろう。本来、歴史認識などと云う類のモノは、こうしたことの上に立脚していれば、自然と氷解してしまうモノではなかろうか?今度は、香港で、或いは、彼が過ごしたベトナムのHCMCで、再会して、レ・タン・トン通りの日本食レストランで食事することを誓い合って、別れてきました。それにしても、いつも、人生には、色々な生き方があるものであると、感心させられてしまいます。一体、どこから、こんなエネルギッシュな逞しい人生観は、生まれるのでしょうか?少し、元気を貰ったような気がします。