小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

これで、連続満員御礼というのは、本当なのか?:

これで、連続満員御礼というのは、本当なのか?:

別に、相撲ファンでもないし、かといって、アンチ相撲ファンでもない、まぁ、大相撲が開催されていれば、テレビ観戦を愉しまない必要もないので、毎場所、みることにしているが、何でも、連続して、満員御礼だそうである。そえは、果たして、相撲人気のバロメーターなのであろうか?結果としては、観客動員数というモノが、一つのバロメーターであることには、変わりはなかろうが、、、、、、相撲の内容や、将来の展望を見たときに、本当に、そうなのであろうかとも、素人目には、映ってしまう。所詮、ひとり横綱の時代から、よく頑張ってきた白鵬にも、流石に、金属疲労の影が見られてきたし、万年、日本人横綱を期待されてきた稀勢の里にも、ここぞという一番で、毎場所、期待を裏切られて、今更、おしん横綱を期待する程の勢いも、最近では、みられない。他の大関陣に至っては、なにをやであろう。それにしても、相変わらずのモンゴル勢の照ノ富士、逸ノ城の大関争い、など、まるで、政界での一強他弱ではないが、同じような状況であろう。かつて、横綱に、駆け上がっていった過程を、各種のデータベースで、年齢とか、勢いとか、ライバルとか、各種の要素を解析した結果、やはり、ある種の「勢い」と、「ライバルの賞味期限」とが、関係しているそうである。換言すれば、勢いよく登ってくるときに、トップが、ライフ・サイクル上で、下降傾向が見られるときに、まるで、エアーポケットのように、逆転現象がみられるそうである。そういうことから、考えると、自己の情況と外部状況と、うまく、それらが、合致したときに、どうやら、下からの「新しいうねり」が、みられるのかも知れない。はやく、そういう局面が、ファンならずとも、観たいものである。演じる側の質もそうであるが、観る側の質は、どうなのであろうか?(千秋楽を前にして)