小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

映画、「単騎、千里を走る」について:

映画、「単騎、千里を走る」について:

チャン・イー・モー監督が、中国側、降旗康男監督が、日本側を担当して日中合作映画で、高倉健主演の雲南省の小さな僻地である石頭村を舞台にした父と子の葛藤を主題にした今から10年ほど昔の映画である。父と子との葛藤という主題を縦軸としたら、恐らく、横軸は、民族を超えたところにある「言葉の壁と涙」であろうか、それは、奇しくも、長年、妻の死後、何らかの理由で、寒村に、逃げていってしまった父と息子との疎遠の経緯は、詳しくは、描かれていない。しかしながら、その確執足るや、恐らく、根の深いものであったのであろう事は、高倉の演技からも、声の出演であった健一役の中井貴一の回想からも、容易に、想像はし得ようか?皮肉にも、息子である民俗学者である健一の末期を前にして、その望んでいた関羽の「単騎、千里を走る」という仮面劇を撮影するために、わざわざ、雲南省まで、やってくるものの、言葉の壁や、刑務所・司法制度の壁から、なかなか、今や囚人となってしまった俳優に、面会することが出来ない。それでも、ビデオ・メッセージを駆使して、担当当局を通じて、(ここにも、涙が観られる)面会したものの、今度は、その俳優が、逆に、自分の残してきた息子に会いたいと泣き出して、演技すら出来ず、結局、高倉が、その囚人の息子を故郷の僻地へ、迎えにゆくことになり、映画は、辺境の赤土だらけの急峻な厳しい自然の石頭村へと、辿り着く。そこでも、ビデオ・メッセージ同様、又、「涙」が、あらゆる誤解とすべてのわだかまりを溶かすような重要な表現手法であることは間違いないであろう。12億総拝金主義者と化してしまったかのような今日の中国に対して、モー監督は、村が大切に育てる共有財産としての子供・息子という概念や共同体挙げての歓迎のさりげないもてなしの宴席とか、随所に、厳しい自然環境の僻地の人々の生活も忘れずに、活写している。何の演技経験もないエキストラの住民が、終いには、涙を流し、鼻水が垂れる様子を見ていると、一体、演技とは、何なのであろうかと、考えさせられてしまう。後年、高倉は、その時に感じたことを、「自然な演技を自然に演じることほど、難しいことはない」と述べているが、成る程、プロの俳優としての意地と誇りが、この映画の「涙」を流すシーンでも、観られて面白い。一体、何回、健さんは、この映画の中で、泣いたのだろうか?それとも、泣くという演技をしたのであろうか?そして、そのシーンを演じるときに、どのように感じながら、涙が、溢れ出てきたのであろうか?亡くなってしまった自分の息子が、最後に、その嫁さん(寺島しのぶ)に言い残したことを電話越しで、父として、初めて聴いたときに、一体、どのような想いで、聴いたのであろうか?それにしても、民族の壁は、まずは、言葉の障害というものが付きものであるが、人間としての感情表現である「涙」は、それらの障害を、見事に、氷解し尽くして余りあることがこの映画からも分かろう。歴史認識の違いなるものも、異国の戦没霊園で、花輪を捧げながら、ひょっとして、思わず、安倍首相でも、「涙」を流すところを見せつけられたら、一挙に、氷解するかも知れない。いやいや、そうではなくて、もっと、政治家の場合には、逆に、偽の涙などと、複雑に、叩かれるかも知れない。難しい所である。映画の中国語題名を「千里走単騎」としたのも、なかなか、一計であろうか?この映画で、中国の高倉人気は、高まったと云われているが、成る程、細かい場面場面でも、実に、見応えはあるように思われてならない。今度は、又、別の機会に、じっくり、何度でも、鑑賞してみても悪くはなさそうである。それにしても、緋牡丹のお竜こと、藤純子の娘の寺島しのぶが、息子、健一の嫁役で出演しているのも、何かの縁であろうか?