小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

茶房、読書の森、「どうらくオルガン、田島征三トーク・ショー」を覗く:

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茶房、読書の森、「どうらくオルガン、田島征三トーク・ショー」を覗く:

 

前日の荒天に備えて、テントの設営は、ご苦労様でした。お陰様で、何とか、雨も降ることなく、無事、田嶋征三さんによる講演とコピーヌ・クラブのミニ・ライブを覗くことが出来ました。この痩せこけた偏屈な老人のどこに、そんな情熱があるのかと思われるが、アーチストという人間は、あまり、歳は関係無いのかも知れない。草間彌生にも驚かされるが、筋金入りのアーティストは、音楽であれ、絵画や版画であれ、その絵本や挿絵にしても、空間アートと称されるものでも、子供達の有する自然に内在している「生き抜く力」、或いは、「生きようとする本来の力」を、存分に、引き出す何ものかがあるのかも知れない。それが、多少、偏屈であれ、筋金入りと評されようが、お構いなしに、世間の評価とは、別なところで、生きてゆくことこそが、継続してゆくことこそが、とても、大切なのかも知れない。本人曰くでは、そうした絵本作家とか、アーチストとか謂う肩書きは、全く、無縁なたかみに、もはや、登り詰めて終っているのかも知れない。絵本とは、本当は、子供向けなのかもしれないものの、それだけではなくて、読み手の方の大人にも、生きる意味を問いかけるような力があるのではないだろうか?そんなことをこの偏屈、恥知らずを自認する痩身の老人の精神は、一人一人に、訴えかけているように、思えてならないが、、、、、、。コピーヌ・クラブによる松本がりゅう「ロバの音楽座」を中心とした楽曲のミニ・ライブも、浅間山を一望できる屋外での演奏で、なかなか、難しいにもかかわらず、舞台とも相俟って、宜しかったのではないだろうか?どうらく神様という存在も、身近かなものに感じられたそんな空間と時間であった。