小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

それは、ふいに、突然やってきた!:

それは、ふいに、突然やってきた!:

もう、3日間も、全く食事を食べなくなり、やっと、水だけを飲むのが精一杯である。玄関脇のリビングのソファーに敷布を敷いて、看病することにした。子供達からは、明日の朝、エナージー・ドリンクとスポイトと一寸甘い水を買ってあげてきて下さいねとメールが来ていた。又、犬の老衰の対処の仕方のサイトの案内も来ていたので、参考に、読んでおいた。我が老犬は、昼間は大人しかったのに、夜になると、伏せの体勢をとろうとして、何とか、起き上がろうとするのか、力を振り絞ってワンワン啼いて、起こしてくれとせがむ。夜の10時、日付の変わる零時過ぎ、午前2時頃、明け方の4時と、そして、こちらが朦朧とする中で、朝、7時には、かすれた声で、オムツを取り替えてくれと、水をくれと催促するので、脇の下を抱え上げて、綺麗な新しいオムツに着替えさせて、お水も飲ませた。すると、今度は、疲れ果てたのか、崩れ落ちるように、頭を垂れて、眠り始めた。この分なら、スヤスヤと、寝るであろうと、朝の雑事を終えて、こちらは、自分の食事とあれやこれやと、、、、、、していた。丁度、1020分過ぎのことであった。何やら、爪で、段ボールの箱を小刻みに、ガリガリとひっかく音がするので、これは、変だなと思って、直ちに、近寄ると、右の前肢が、ぼうのように突っ張って、ガタガタ、経連を起こしているではないか?声を掛けながら、曲げたり、硬直した筋肉をさすったりしてあげるが、一向に、納まらない。ネットで、こういう症状が出ることを事前に、分かっていたものの、実際に、それが、不意にやってくると、いよいよ、くるべきべきものが来るのかと身構えてしまう。急遽、東京に残って、太陽光パネル工事の監督中の女房殿に電話したら、もう、電話口で、涙声になっていた。1時間半以上、経連が続いており、さすってあげても、ほとんど、反応はなく、次第に、鼻呼吸が苦しいのか、口での大きな呼吸になり、やせ細った脇腹の骨が大きく、波打つようになっていった。やがて、今度は、それを過ぎると小さく、徐々に力が無くなり、終いに、4肢を伸びをするようにして、刮目して、呼吸を止めてしまった。1207分のことであった。ずっと、身体を撫でていたせいだろうか、薄い細い毛が、腰のあたりに、気が付けば、固まっていた。満18歳と4ヶ月(推定である、というのも、19955月に城南島の動物愛護センターから、3ヶ月の子犬で、もらい受けてきた犬であるから、、、、)の命の最期であった。子犬の頃から、大好きな散歩やリードも付けずに自由に走り回った小諸の里山に、死んだら、埋葬して上げると家族で決めていたので、まずは、亡骸を、東京の自宅へ、運んで、家族と対面してから、とりわけ、社会人となった子供達には、、、、、それから、小諸の里山に、玄関脇の太くなった松の樹と八重桜の樹の間に、埋葬することにして、未だ、ぬくもりが残る身体を撫でて、目を閉じさせ、涎を綺麗に拭いて上げて、アイスノンと氷で、冷却して、段ボールのハウスを新聞紙とタオルで、包んで一路、東京へ、一緒に、車で帰宅することにした。よく生きたね!よく頑張ったね!お疲れ様でした。ありがとう!(涙、涙、涙)