小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

福原愛の中国人記者とのやり取りに考える

福原愛の中国人記者とのやり取りに考える
個人的には、余り、子供時代から、天才少女と呼ばれたこの卓球選手は、好きではなかった。しかし、たまたま、新聞の小さな記事を目にしたときに、子供から今や代表的な女子アスリートに成長した選手は、もう、国際的にも人間的にも、もっと、評価してあげても良さそうだと思った。異国に単身武者修行に行き、留学したり、技術を学ぶことは、今や、国際アスリートを目指す人達には、必須と行っても過言ではない。とりわけ、その国の言語、文化、しきたりを総合的に学んだ上に、語学が上達して、自分の意見が、表明できることは、重要である。逆説的に謂えば、マラソン留学でも、相撲取りでも、柔道でも、サッカーでも、今や双方向が当たり前である。食事になれ、言葉に慣れ、環境に慣れ、人付き合いになれて、初めて、日本人としてもアイデンティティーを有する個の意見表明が出来るのだと思う。まして、中国のような国は、卓球については、自負心が有り、かといって、国際的に、どういう眼で見られているのかと言うことも、同時に、一寸、気を病んでいる国は、福原愛のような中国人にも、アイドル的な存在として好かれる、一寸東北、遼寧省訛りの女の子には、少々手を焼くものである。野球選手の記者会見での「My Name is …….., please call me ……. 」等という馬鹿馬鹿しい自己紹介ではなくて、サッカー選手のように、堂々と、何カ国語をも交えて、会見表明し、独自の視点からの「個の意見表明」、情報発信を期待するところである。個人に委ねられるのでなくて、組織的にも、バックアップ体制が望まれる。いつまでたっても、寿司の歴史的な説明が出来ない帰国子女あがりの女子アナや、訳の分からないハーフのレポーターのインタビューは、もう、止めにして貰いたいものである。卓球に敗れても、福原愛は、もっと大きな価値ある一勝を挙げたと思われるが、、、、、如何だろうか?メダルのご褒美を、中国語で、発信してもらいたいものである。