小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

義理の兄のお見舞いに行く:

義理の兄のお見舞いに行く:

と予定していたところ、突然、入院先から、退院することが決まり、見舞いが延期されることになってしまった。そして、帰宅して、自宅療養が落ち着いた頃に、頃合いを見計らって、見舞いに行こうと決めていた矢先に、今度は、突然、義理の母から、電話で、「急に、亡くなってしまったよ」と、、、、、、、、、。義理の姉に、1ヶ月程前に、会ったときには、そんなに、急に、逝くとは思えなかったのであるが、、、、、、。ついこの間までは、自分が、見舞われる立場であったが、今度は、見舞う番になるはずだったのに、何とも、人生、一寸先は、本当に、何が起こるか、分からないものである。肝臓を患っていて、肝硬変になり、それも、徐々に、悪化して、腹水が溜まるようになり、末期の肝硬変から、肝臓癌になったらしく、放射線療法を、病院で、受けていたらしいが、結局、その甲斐もなく、帰らぬ人になってしまった。大体、人生のライフサイクルから、考えても、両親を見送ってからは、結婚や出産などのお祝い事が続くのが、通例ではあるが、それを過ぎると、今度は、順番に、葬式が、巡ってくるものである。1歳年上だから、少し、まだ、早過ぎる気がするが、これから、ゆっくり、老後を過ごせる時期に、こういう結果になるとは、何とも、理不尽なことである。もっとも、人生、何事も、全て、順風満帆という訳にはゆかないのが、そもそも、人生それ自身かもしれないが、、、、、、、。今年は、自分が、入院・手術・退院・自宅リハビリ療養を経験した矢先だったから、又しても、考えさせられてしまった。それにしても、ホスピスの在り方や、身内の献身的な看護のこと、患者の死への不安と恐怖、医師や介護の人達との意思疎通、治療に対する方針の共有など、色々と話を伺うにつれて、自分も、その立場になったら、どうだろうかと、思いを巡らさざるを得ない。たまたま、同じような病気で、治療中にも関わらず、逆に、余命を宣告までされていた義理の兄の次兄という方に、個人の思い出話を伺ったが、その方は、元気に回復されてはいたが、非常に、複雑な思いで、話をなされておられた。頭は、抗がん剤の為か、お歳の為かは知らないが、既に、丸坊主であったが、、、、、、、、。それにしても、義理の兄の頬は、げっそりと、こけていた。命にとっての食べると云うことの大切さを、改めて、ホスピスだけでなく、考えさせられた。