小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

ミニマリストに考える:

ミニマリストに考える:

その昔、どこかのブランドに、シンプル・ライフなるものが、有ったことを記憶しているが、ミニマリストなる言葉が、最近、聞かれるので、偶然、想い出した。一体、シンプルという意味と、最低限という意味でのミニマムという意味は、どのように違うのであろうか?ものの整理が、日本でも、アメリカでも、心の中で、ときめいたものとときめかないものをひとつの基準として、判断材料として、設定して、捨てるか、捨てないかを、決めると云うが、その意味では、生き方としては、そんなに、シンプルとか、ミニマムとかという言葉で、語られるのであろうか?そう言えば、断・捨・離などというものを如何に処分するかは、可能であろうが、統一的なデザインのシンプルな家具とか、確かに、ものを揃えたり、処分したりは、可能であろうが、心の在り方とか、生き方を、どのように、こうしたコンセプトのもとで、語ろうとしているのであろうか?時代というものは、面白いモノで、バブル期には、間違いなく、こんなミニマリストなる言葉は、受け容れられなかったことであろう、やはり、24時間戦えるだけのエネルギッシュな、大きいものは良いものだ!的な心の有り様が、必要だったのかも知れないし、バブルがはじけると、途端に、清貧の心を、メザシを食べるとかということになるのであろうか?そうした意味合いからすれば、ものの整理も処分方法も、断・捨・離も、或いは、ミニマリストと言う言葉も、所詮は、そういう時代背景を反映したものなのであろうか?それにしても、余りにスッキリ、し過ぎていると、何か、落ち着かないのは、どうしたものだろうか?困ったものである。