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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

仕事がなくなるという恐怖:

仕事がなくなるという恐怖:

冗談めかしく、『(教養)今日、用事がない』とか、『(教育)今日、行くところがない』などと、笑って言っているうちが、花であって、本当にそうなってしまうと、考え込んでしまうものであろう。何でも、これからは、破壊的な技術革新の発展や、人工頭脳の進展如何では、100以上もの職業が、この世の中から、消滅してしまう可能性が大きいといわれている。それにしても、訳の分からぬような『生産性向上』とか、『高付加価値化』などと言われると、私などは、『ほんまかいな!?』などと、疑いの眼で、みた上に、聞き返してしまう。破壊的な技術による、或いは、新たなビジネス・モデルの異業種からの参入や出現で、或る日、突然、これまで過去の繁栄を極めてきた業種が、恐竜の滅亡のように、苦戦を強いられることも、決して、あながち、間違った見方とは云えなくもない。例えば、FinTechではないが、近い将来、銀行・証券会社なども、膨大な信用データなどという財産に胡座をかいていると、どこかの若造IT起業家による新たな投資サービスで、足許を掬われかねないかも知れないし、ウーバーやAirbnbなどの、それこそ、法的な隙間を巧みに、かいくぐっているような新たな隠れた需要を掘り起こした新たなビジネス・モデルに、タクシーや旅館業・ホテルなどの業界も、あっさりと、やられてしまうかも知れない。破壊的な技術革新というものが、人々に与える、『仕事を奪われかねないという恐怖』に対して、一体、我々は、どのように、自らを防衛しなければならないのであろうか?どんなに、善意で、政府に期待したところで、今や、何処の世界をみても、そんなことを真剣に、考えてくれるような政府は、何処にも存在しないであろう。人工頭脳は、ますます、今後、人間の有する特性である、『予想・予測・判断』というクリティカルな分野にまで、応用が、進化・発展することは間違いであろうし、単なる自動運転とか、無人化だけには留まらなくなるであろうことは、誰の目を見ても理解出来よう。更には、人間固有の『定型化されえない』仕事にも、触手を伸ばしかねないかも知れない。対人スキルとか、クリエイター・スキルとか、芸術だとか、安閑としていられるのも、今や、時間の問題なのかも知れない。フレキシ・キュリティー(Flexible+Security)なることばのように、離職に伴う、ある一定期間での賃金的な保証を付与する代わりに、柔軟に、労働力の流動化と職業訓練を施すことで、より新たな職種へと転換されるプログラムのようなものが、これからは、必要になってくるのであろうか?そのことは、東日本大震災からの復興にも云えるわけで、何も、元に、物理的に、戻ることが、復興では決してなかろうに、、、、とも思われる。謂わば、自らが、自身の手で、革新性を身につけることが可能なような人材育成や継続的な再教育システムを、受けられるような仕組みとして、社会に存在しない限り、或いは、それを誰もが自由に選択できる環境を提供しない限り、何日までたっても、『仕事がなくなる恐怖』というものは、永久に続くであろうし、決して、労働市場の革新的な流動化は、生じることなく、又、成長への萌芽や一大転換などは、起きるべくして起きることにはならないような気がしてならない。ハロー・ワークなどは、その意味では、何の役にも立たないのかもしれない。