小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

病室から眺める日本の現実:

病室から眺める日本の現実:

若い頃、歳をとってからの手術とか、入院というものは、精神的に、ガックリくるだろうかと思って、事前に、経験を積んで、事前に、予行演習のつもりで、50代になってから、未だ、忙しい頃であったが、痔核の除去手術に、2泊3日で、勇躍入院することにしたことを想い出す。そんな時、80代のおばあさんまでもが、車椅子に乗って、入院していたことをも、同時に、記憶したいる。それから、もう、10年程も経過しただろうか?動脈硬化が進行してきて、いよいよ、心臓の冠動脈に、血管の詰まりが生じて来て、動脈硬化から、狭心症の疑い有りへ、更には、心筋梗塞に至る危険性があるとかで、取りあえず、CTスキャンで、精密検査してみることにした。すると、案の定、2箇所の血管の石灰化と詰まりが発見され、結局、循環器内科の専門のドクターからは、二泊三日の検査入院の上に、出来れば、その結果次第で、追加措置、即ち、左心室の冠動脈へと至るように、右手首から、挿入するステントで、石灰化している部分を拡大・開通化する手術を、行うことにした。それにしても、都会の巨大病院とは、凄まじいまでの、まるで、巨大なマシーンのような様相である。極めて、合理的に、運用されていて、ベルトコンベヤーに乗って、運ばれていくような商品のようなものであろうか?右手首の動脈あるところには、紛れもなく、まるで、リストカットのよう(?)ではないが、小さな針跡が、しっかりと残っている。それにしても、径が3ミリ、長さ15ミリのステイン挿入が、画面を観ながら、3人の専門医ドクターが、実施することになる。僅か、1時間程での検査・手術完了である事に驚く。それにしても、患者は、年寄りが多くて、同室のうち二人は、85歳、95歳で、ほとんど、痴呆症ではないかと疑われるほどで、そんな歳になってから、命の延長をもっとリスクの高い手術を受けなければならないという究極の命の選択をやりたくないものである。それにしても、若い看護師さん達の奮闘には、実に頭が下がる思いがする。朝早くから、シフトがあるとはいえ、夜勤も、これ又、大変である。ナース・コールのやり方が分からない高齢の患者や、転倒防止のマットの上を歩けば、夜中でもすぐに、ステーションから、やってきたりと、フロアーの掃除も、病院食の配膳でも、ベッド・リネンの交換も、実に、大変な事であるものの、確かに、極限まで、合理的なシステム化されているのには、改めて、驚かされる。しかも、救急病院に指定されているので、都心部の救急車が、夜中でも、ピーポ、ピーポと、ひっきりなしに、やってくるのが、寝ていても、理解される。医師不足とか、看護師問題とか、差額ベッドとか、様々な課題が、解決されないままではあるものの、アメリカの医療制度に、較べると、恐らく、ずっと、まだ、日本のそれは、マシなのかも知れない。それにしても、病院食のカロリー・コントロールや塩分の計算には、驚かされる、しかも、1食650キロカロリーで、3食、量までも、全く、それに応じて、個食化されているところをみると、毎日、大皿で、食べ過ぎであることが、反省と共に、再確認された。上品な小さな小鉢が必要になろう。或いは、お子様用の小さめの食器が必要になろうか、もはや、血液が、ドロドロであると宣告された次第であるから、これからは、血液サラサラ食品を食べることと、薬の服用が不可欠となろう!さもなくば、コレステロール値も血糖値も下がらずに、糖尿病予備軍から、正規軍へと進んでいてしまうことは必定であろうと、宣告されてしまった。長年、ヘビー・スモーカーだった、小学校の同級生は、同じ頃、心筋梗塞の発作で、救急車で運ばれた上に、3日3晩、生死の淵を彷徨って、やっと、生還したと、その前の週に、メール連絡してきた。改めて、余命と謂うよりも、健康寿命とは、何年くらいが自分には、妥当するのかを考えさせられてしまう。今回は、事前に、点滴と服薬で、ステロイドの投与をおこない、造影剤によるアレルギー反応で、瞼が垂れ下がったり、頬が火照ったりはせずに済んだが、今後も、気を抜くわけにはゆかない。それにしても、短い期間ながら、病床から眺めた景色は、日本の縮図そのものであることに、気づく。短いながらも、非日常性の中の生活から、実は、日本の現実を見つめさせられるようでいて、実に複雑な思いがする。しっかり、高額医療標準負担の削減認定証の申請も、お陰様で、活用出来るのは、有難いことである。それにしても、人生の終焉を病院で迎える高齢者が増えている現実がある限り、次の入院の時は、一体、どうなるのであろうかと思う。