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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

マンション杭打ち偽装問題:

マンション杭打ち偽装問題:

次から次へと、調査が進むに連れて、大規模な偽装の様相を呈し始めてきている。それにしても、最近、組織の中での偽装とか、不正とか、チェック・システムと「個の矜恃」が、大きく問われている。それにしても、以前あった一級建築士による設計偽装もそうであろうが、只単に、個人の問題だけではなくて、こういう問題は、そこに住む住人の生活権にも、更には、大きく云えば、人生の岐路にも、突然、立たされることにもなりかねない。確かに、立替えや改修・修繕や安全性だけではなくて、住宅ローンや、販売・建設・下請け分業の責任分担が、どこまでの範囲で、許容されるのか、されないのか、全く、根本から、問われかねない大きな問題である。又、監督官庁の責任とは、一体、どのようなものなのであろうか、監督・責任とは、何を意味するのであるのか、等々、全く、考えさせられてしまう。第三者でも、驚愕とするのであるから、当事者であれば、如何ばかりかの精神的なショックを受けることになるのであろうか?一個人や担当者の責任とか、それだけではなくて、一連のこうした最近の問題とは、一体、全体、どこに起因するのであろうか?集団的な心理・意識や組織帰属意識への分析もあるようであるが、そもそも、資本主義の倫理的な宗教・精神主義の基は、どのように、変容してしまったのであろうか?「個人の矜恃」のようなものは、今日、全く、化石と化し、消滅してしまったのであろうか?仮に、そうであれば、如何にして、変容・喪失間近な情況に陥ってしまったのかを社会科学的に、解明されなければならない。これは、ヒョッとして、日本独自の問題だけではなくて、昨今のVWのドイツにも、或いは、サムスンの韓国にも、米国のウォール・ストリートにも、中国やアジアや世界的な新興国に於ける拝金主義の伝播にも、共通するような原因と何らかのメカニズムがあるように思えてならない。そんなものは、第三者委員会による解明などに委ねられるべき課題ではなくて、むしろ、社会科学的な現代の学者にも、おおいに、研究・究明されるべき課題ではなかろうか?丸山真男橋川文三でも、吉本隆明でも、今や、若い学者の中で、こうした一連の流れを、解明してくれる学者は、一体、何処に居るのであろうか?そういう近代人に潜む精神構造を充分解明し得るにたる何ものかが、見えてこないという危惧があろう。「個人の矜恃」にだけ、頼っていたのでは、将来、何度でも、同じ問題は、間違いなく、様々な分野で、起こることは間違いないであろう。安心・安全等というものは、国防・安全保障だけではなくて、住宅や食品・金融・個人情報などのどの分野でも、いつでも、何処でも、日本だけではなくて、その問題が問われかねない時代になっているのかも知れない。そんな思いがするのは、私一人だけであろうか?