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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

経済成長率という数字の怪:

経済成長率という数字の怪:

昔、若い頃に、数字を読み解くときには、その数字の裏に潜むものをあぶり出す作業が大切で、それを観ずして、数字を信用してはならないと、よく、教えられたものである。もともと、中国の経済成長率に対しても、懐疑的ではあった。中国による経済成長率の数字の発表に対して、何でも、日経が、彼らの元々、準拠している別の指標を使用して、分析したところでは、従来の7%から、2%も低下した数字が出てきたそうである。確かに、鉄道輸送・交通量とか、発電量とか、銀行貸し出し推移とかを考えてみれば、当たり前に、集計されている別の指標を使用してみれば、こういう結果も、成る程であるとも、至極当然に、思われてならない。これが、新常態というものの、本質なのか?そんなことは、指導者達は、とうの昔に、知っていたに違いない。もっとも、そういう状態が、実は、もっと、以前から、そうであったとは、一体、如何なるものなのであろうか?投資への、或いは、株式相場への影響というものも、どうなのであろうか?いや、実は、そんなものは、前から、プロの間では、当たり前の共通認識であって、今更、驚くほどのことはなく、既に、折り込み済みのことなのであるということなのであろう。市場とは、そういうものなのであろう。そんなことを知らないのは、無垢の中国の国民だけで、裸官らは、とうの昔に、しっかりと、海外へ、家族を留学と称して、くすねた資産を逃避させていたのであろう。ギリシャの問題も、案外、同じようなことが云えなくはないかも知れない。一体、何処までが、正しく、何処からが、実は、間違った捏造された数字なのであろうか?もっとも、それは、捏造ではなくて、ある指標を都合の良いように、繰っていたのかもしれない。全く、摩訶不思議な冥界へと陥ってしまいかねない。それが、現実なのであろうか?実質賃金の上昇も、労働分配率も、果ては、消費者物価指数も、統計のデータの取り方によっては、実に、不可思議な現象である。御用学者の数字も、そういう観点から読み解くと、しっかりと、自分自身での数字の見方をしっかりと、確立しておかなければ、現代では、危うくなるのかも知れないと、感じられてならない。様々な数字を見るたびに、そう思わざるを得ない。