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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

榎本武揚の「蝦夷共和国」構想:

榎本武揚の「蝦夷共和国」構想:

どうやら、これまで、「幻」という言葉が上についていた「蝦夷共和国」構想というものは、幻の構想ではなくて、実際に、国際的にも、認知されていたようである。そのことは、米国の国立外交公文書館にも、幕末から明治に掛けての歴史公文書の中で、確認されているという。考えてみると、これまで、五稜郭での幕府側の抗戦・抵抗という消極的な視点からしか、観られていなかった歴史観から、大きく、変更を余儀なくされる発見でもあるのかもし得ない。抗戦か、恭順か、独立か、榎本武揚にとっては、大変悩ましい決断であったことであろう。奥州列藩同盟を信頼することなく、孤立無援の中で、列強による武力による植民地干渉の可能性も、決して、否定しきれない情況下で、仮に、一時的に、独立できたとしても、当時の薩長政府の(沖縄)琉球征伐などをみても、必ずしも、北の備えは、国を二分する可能性もあって、決して、許されることがなかったのかも知れない。それでも、国際法に、熟知した当時の数少ない政権の中枢にある人物にとって、新しい形での土地改良・農業入植・開拓政策や選挙による才能ある人物の登用という国作りの主導は、列強にも、そのコンセプトは、充分訴えうるものがあり、又、一部には、おおいに、共通の認識が可能なパートナー、或いは、同じ価値観を有する可能性のあるリーダーであるという認識を持たれたことであることは間違いないであろう。又、こうした、もしもを考えるときに、日本という国は、ヒョッとしたら、明治政府的な中央集権統治国家ではなくて、別の連邦国家、緩い合衆国国家体制にも、なり得たかも知れない幻の日本の姿が、そこには見えてくるかもしれない。助命嘆願を働き掛けた黒田清隆にしても、或いは、国際法の飜訳を頼まれた福澤諭吉にしても、高く、榎本武揚の才能と見識を見誤らずに、評価したことは、誠に、西郷隆盛という、そのカリスマ性故に、非業の死に至った片方の雄と比較したときに、何とも、皮肉なことであろう。国際法に基づく外交手段というソフト・パワーの活用という手法も、おおいに、今日でも、充分、通用しうる考え方であることは、間違いなかろう。歴史に、もしもは、あり得ないが、何とも、想像力を逞しくしうる、幻の「蝦夷共和国」構想であろう。現在の北海道や沖縄の姿を見るときに、おおいに、参考となる考え方であろう。決して、150年も前の幻とは、言い切れない現実的現代的な共通な価値と発見がそこにはあるのかも知れない。どうしたら、難しい局面の中で、そうした柔軟な考え方が、人は、できるのであろうか?本当に、五稜郭で、自刃してしまわなくてよかった。久坂玄瑞土方歳三とは、又、一味も二味も違った人生観、武士道観を持っていてよかったと思われてならない。歴史には、もしもは、あり得ないが、あの時に、函館五稜郭の敗戦責任を以ってして、自刃していたら、どうなっていたのであろうか?久坂が逃げて、生き延び、土方が戦死することなく、生き延び、榎本が、逆に、自刃していたら、、、、、。金沢も宜しいが、来春、北海道新幹線が開通したら、碧血の碑(義に殉じて死んだものの流す血は、碧い)でも、又、見学に行きたいものである。