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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

「ゆとり就職」を考える:

「ゆとり就職」を考える:

どうも、子供の時から、詰め込み教育と、せかせかとしたせわしない生活の中で、競争に追われた現役人生を過ごしてきた団塊の世代には、「ゆとり」というイメージが、毎日日曜日の状態が日常化しても、未だに、今一、ピントこないのが実感であろうか?実際、学生時代に、「ギャップ・イヤー」のような制度が、確立されていれば、別の人生を歩んでいたかも知れないなどと、海外からのウーファーや訪日観光客の友人達と接してみて、そう思わざるを得ない。それ程、当時は、選択肢が、限られていたのであろうか?それとも、時代が、そういう選択を許さなかったのか?実際、ドロップ・アウトしたら、或いは、ヒッピーで、世界をゆっくり、インドやアフリカ等を観て歩いたら、どのような人生の選択肢があったことであろうか?今更、そんなことを想像してみても、仕方のないことかも知れないが、人生には、そういう廻り道の選択肢が、若い時には、必要なのかも知れない。考えてみれば、若い時には、週休3日でも、その休みの間に、全く、別の自分の目標を叶えるための予習や準備に当てても宜しいのかも知れない。その時には、給料が極端に安くても、様々な準備活動ができるやも知れない。一度、就職してしまえば、会社では、アルバイトや副業の禁止が、規定されていて、極めて、制約されてしまうが、本来の意味での非正規雇用やパート・タイマーという選択肢には、こういう積極的なポジティブな働き方や「ゆるい就職」が、あっても良いのかも知れない。所謂、「悟り世代」も、今や、社会の中で、起業しても可笑しくない年代になりつつあるであろう。在宅勤務であれ、何であれ、新しい形での生き方や就職の仕方がそろそろ、出てきてもよいであろう。もっとも、現実的には、若者の貧困や格差の問題も、深刻化しているのも、事実であるが、それらをものともせずに、打ち破る孤高の若者が、どんどん、出てきて、成功してもらいたいものである。