小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

藤田嗣治、戦争画を観る:

藤田嗣治戦争画を観る:

なかなか、観ることが叶わなかった藤田嗣治戦争画を、東京国立近代美術館で、観賞することが出来た。先日、たまたま、レオナール・フジタ展という上田市立美術館での作品展を鑑賞する機会に恵まれたものの、ポッカリと、戦時中の作品群は、そのコンセプトから、ぞぐわなかったのか、写真でも、展示がされていなかったので、是非とも、観たいと思い立ったものである。竹橋駅に近い東京国立近代美術館の3階に、それらは、観るものを圧倒するかの如く、壁面に飾られている。そもそも、「サイパン島同胞臣節を全うす」の絵には、何故、現地人と思われる人々が、非戦闘員として、日本人軍人と共に、描かれているのは、どういう理由なのかというこれまでの疑問が、この展示の説明を観て初めて、理解出来たのは、まるで、眼から鱗のようである。どうやら、従軍画家という役割、或いは、戦意高揚としての宣伝工作隊という軍部の目的だけでは、語れないその画家の思いを改めて、観るようである。そうすると、所謂、「戦争画」というものも、見方が、やや、変わってこよう。「サイパン島同胞臣節を全うす」というこの絵は、1944年7月の製作であるから、この1年後には、もう、終戦に至る時期であるが、絵の右端の小さな解説によれば、この現地女性達とおぼしき人々は、「アリ・シェフェール作のスリオート族の女たち:1827年ルーブル美術館」から、構想を得ているというではないか? これは、異民族に追われる現地先住民族を強く意識して、意図的に、その心の中で、想像して描いたところの「バンザイ・クリフ」が、僅かに、隠れるようにして、右端隅に、小さく描かれているのも、興味深い。その絵の題名に冠した「同胞臣節を全うす」に、較べると、穿った見方をすれば、この絵で本当に訴えたかった画題のために、フェイントで、冠したのではないかとも、思われる。謂わば、画家が本当は訴えたかった暗号を絵の中に、秘しておきながら、表向きは、軍部に対して、題名だけは、意図的に、妥協したのかも知れない。そういう観点から、眺めていると、「アッツ島玉砕」の絵も、その画家が訴えたかった主題というものが、骸骨のような様相にも、小さな花も理解出来るのかも知れない。そういう意味から、所謂、「戦争画」というものを眺めていると、必ずしも、「戦意高揚・プロパガンダ」という側面から、単純に、バッサリと、一刀両断する訳には、ゆかないものがあるようにも思えてならない。これらの大きな壁面を飾る絵を観ていて、是非、ゆっくりと、椅子に腰掛けながら、全体を俯瞰して、或いは、近くによって、精緻なタッチを眺めるもよし、一度は、生の実物の絵に接することをお薦めしたい。これまでの藤田嗣治という画家に対する何か、心の何処かで、感じていた「違和感」が、やっと、氷解するような感慨が湧いてきたのは、不思議である。当時、この絵は、日本で、果たして、解説無しに、どれ程の人々から、その真意が理解されたのであろうか?そういう自由すら微塵も無い時代であったのであろう。それとも、画家は、理解されずとも良い、いずれ、平和な時代に、再び、理解されようということで、納得して、押し黙り、戦後、美術界の戦争批判を一身に引き受けて、故国を去って行ったのであろうか?その心情を考えると、その画家が、云ったと言われる、「この絵を見ながら、手を合わせて祈っている母親とおぼしき遺族を見た時に、画家としての興奮を覚えた」というのも、きっと、真実なのではなかろうか?それにしても、平日雨だったから、予想外に、外人観光客が多いのには、驚かされたものの、ゆっくり鑑賞できて、良かった。その他にも、個人的に、跡見玉枝による50種類以上に及ぶ桜の花の桜花図巻とか、川瀬巴水による版画など、素人なりに、絵を描いていたり、版画を彫ってみたりしたいなぁと心動かされる作品が少なくなかった。写真もフラッシュ無しで撮影が許可されているのも有難いし、データ・ベース・ライブラリーも充実しているので、専門家にも、便利であろう。「片岡球子」展も、同時に開催されている。