小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

クラウド・ソーシングは、生き方までをも変えられるか?:

クラウド・ソーシングは、生き方までをも変えられるか?:

インターネットが、今日、これ程までに、発展するとは、若い時には、考えられなかった。就中、組織の中での労働の仕方も、自ずから、変更があって然るべきなのに、一向に、正規雇用非正規雇用という形でしか、或いは、給与・待遇面での格差だけしか、目立たず、本当の意味での働き方の在り方の変化、労働の質の変化というものには、なかなか、移行してこないし、現状は程遠いものがある。逆に、高給取りを逆手にとった残業労働時間の規制撤廃という訳の分からぬ方向性へと向かってしまっていないだろうか?本当に、ICTをもっと活用した、通勤時間帯をずらしたり、自宅で、働きながら、打ち合わせに、オフィスに、何日間かを出勤するとか云うような働き方の仕組みが、何故、生まれないのか、普及しないのかと不思議に思う。個性的な中小企業などは、もっと、試験的に、様々な仕組みを試しても良さそうであろうにとも思われるが、むしろ、大企業や大きな組織よりも、逆に、忠誠心を煽るかの如きやり方で、出社を義務づけたり、業務報告書のようなもので、会社に縛り付けたりする傾向が強いのは、おおいに、残念である。今日、コーヒーを飲みながらでも業務報告書のようなものは、何も社内にいなくても提出可能であり、もっとも、だからこそ、何をやっているか分からぬから、出社せよとか、請求書を打ち込みに帰社・出社せよなどという理不尽な理屈が、或いは、経営者自体が、旧態依然たるICT 音痴だから、そうなるのであろうかとも、勘ぐってしまう。昔、アメリカで、働いていたときに、米国の田舎の中小企業では、一寸、郊外の緑豊かな環境の下で、昼食を芝生の上で、ワインを飲みながら、バーベキューを愉しんだり、仕事が終わると、近くのゴルフ場で、ハーフをやって帰宅するとか、まだ、当時は、インターネットもファックスすらない、テレックスの時代だったけれども、オフィスが、まるで、自宅の延長線上のような環境で、随分と違うものなのだなぁと云う感慨を抱いたものである。更に、シリコンバレーなどでは、働いている場所も、自宅のような有様で、中には、愛犬までも連れてきて仕事をしていたり、職住近接、その違いに、驚いたものである。いい加減に、単純なデータのインプットとか、自宅でできるものは、アウト・ソーシングで、しかも、自宅をオフィスにしながら、そのまま、働けるようなビジネス・モデル、或いは、自宅に居ながらにして、働きながら、給料が稼げるような環境のモデル・ケースが、地方自治体にも、出てこないのでしょうか?毎度、過ぎ去った過去の工業団地の税制優遇制度による誘致とかは、もはや、時代にそぐわないものになっているように思われてなりませんが、、、、、、。尤も、すぐに、最先端医療都市のようなものも、出来るとは思われませんが、何か、小さなものでも、地方移住でも、そういう成功的なモデル・ケースが、古民家改築や空きや対策や子育て支援の一環として、欲しいものです。そうすることで、働き方、引いては、労働者の労働概念、人間としての生き方も、初めて、クラウド・ソーシングで、変わってくるのではないかと思われますが、果たして、どうなるのでしょうか?又ぞろ、仕事斡旋や仲介業でのピンハネが、横行して、望まれるべき自宅でも然るべき報酬が稼げるようなモデル・ケースは、作られないのでしょうか?一度、松の樹を見ながら、LINEの無料アプリで、海外電話をしながら仕事をすれば、高層ビルで、同じ事をやるよりは、ずっと、人間らしいと感じることは必至であろうことは、容易に、理解されるでしょうが、なかなか、現実は、そうはゆかぬものでしょうか?しっかりと、カネを稼ぐことが出来なければ、やはり、働きかたを、更には、生き方までも変えることは難しいのでしょうか?おおいに、考えさせられてしまいます。