小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

多様性という美しい言葉と分裂の危惧:

多様性という美しい言葉と分裂の危惧:

民主党という党は、いつもながら、美しい言葉が好きである。またぞろ、「共生」、「多様性」、等という言葉が、きらびやかに、代表選挙の中でも、一人だけ、楽しそうに、躍っている。いつになったら、この党は、現実的なレベルでの政策の対峙を提出できるのであろうか?実質賃金論争でも、どうみても、政府側の資料と対比すれば、どちらに分があるのかは、一目瞭然であるにも拘わらず、大衆的な受けと支持が今ひとつである。せいぜいが、冷ややかな対応しか、一般からは、受け容れられていない。どうせ、大企業中心での賃上げと、政労交渉での、シャンシャン手打ちで、時間は、かかるであろうというところが、精一杯の好意的な反応であろうか?今秋の春闘は、どうなるのであろうか?支援する連合にしても、そんなに、現状、力があるのであろうか?党内の意見集約ですら、イザとなっては、バラバラになる危機を抱えているにも拘わらず、敢えて、「多様性」を出すところなどは、何とも、お目出度い話である。何も、「多様性」、「共生」というテーゼが、間違っていたり、おかしいというのではない。政権側のアンチ・テーゼとして、そうした旗を掲げることは、決して、間違っていないし、むしろ、必要ではあろう。しかしながら、野党再編とか、党内対立による分裂の餌食になって、与党を利すること、或いは、一強多弱、自民党以外の各党並に、分裂して、縮小再編された方が、よいとでも思っているのであろうか?党の綱領でも、分裂するときは、所詮、イデオロギーではなくて、人間関係の好悪次第というものが、歴史の示しているところではないだろうか?代表選挙期間中に、いきなり飛び出した岡田・細野間での暴露合戦は、戦術上と謂うよりも、この党の有する統一性というよりも、分裂の危うさを浮き彫りにしてしまったような感じさえ、否めない。美しい言葉に酔いしれている内に、又ぞろ、後ろから、いきなり、ラリアートを食らう危険性はないのだろうか?むしろ、強力な「覚悟あるリーダーシップ」が、欠けていたから、政権与党から、簡単に、瓦解してしまったようにも、思えてならないが、、、、、、。果たして、党の再生は、今後、どのように、具体的に、どんな旗の下で、なされるのであろうか?あんなに、人財がいたと云われていたのにも拘わらず、皆、試験管の中の無菌培養栽培だったのだろうか?