小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

素人の目で楽しんで観る全豪オープン・テニス中継:

素人の目で楽しんで観る全豪オープン・テニス中継:

スポーツは、少しでもやったことのあるものであれば、理解も早く、解説者のコメントも理解出来るが、プロの中でも、世界的なレベルに達してくると、恐らく、生で見るのと茶の間でテレビ観戦するのとでは、大違いだろうであろうと云うことくらいは、単純に、分かろう。生の音やその場の雰囲気というものは、なかなか、画素が発達し、画面がクリアに、大型化しても、なかなか、実感が伝わってこないであろう。テニスは、個人的には、所謂、ソーシャル・プレイヤーであり、相手の嫌がるところに、球を打ち返すのではなくて、如何に、ラリーが長く続けられるかを楽しむのが精一杯である。従って、プロの試合のように、如何に、相手の嫌がる球を戦略的に、或いは、戦術的に、打つかと謂うことは、まさに、私にとっては、論外の又、外なのである。そもそも、第一サーブのスピードが、200キロ以上にも達するようでは、もはや、バッティング・センターで、速球を打ち返すどころの話ではない。昔、一寸、上級者とテニスをやったところ、余りに、打球に回転が強く付いていて、手前で打とうとしたら、急に、自分側に、曲がってきて、ラケットをはじき返されたことを想い起こすが、試合の解説を聞いていると、なかなか、面白い。データの分析等というものは、所詮、結果ではあるのであろうが、大変興味深い。必ずしも、世界ランキングの上位だからといって、下位の選手に勝つとは保証がないのも面白いスポーツである。サーブ権があるときの第一サーブでの勝率とか、第二サーブの成功確率とか、勝率とか、単純ミスの確率、或いは、コンピュータによるボールの打った場所の分類など、なかなか、その分析が面白いではないか?興味深い科学的なデータ分析である。試合途中でも、教えて貰いたい物である。そうすれば、テニスの愉しみ方も変わってくるかも知れない。前後・左右・ライン線上、おまけに、最近では、判定に、選手がアピールして、センサー判定を三度、再確認出来るなど、なかなか、面白い。又、ネット・インしたりしたときには、紳士・淑女のスポーツであるから、相手に、失礼というような仕草を行うことも、ある種のプレイヤーとしてのマナーとして、行われるとか、如何にも、ゴルフもそうであるが、歴史的な貴族文化を反映したスポーツのような気がしてならない。それにしても、どんなスポーツも、ここ一番という、試合の勝敗が決する潮目の変わり目という瞬間があるもので、そこで、ミスを犯した方が、必ず、敗れてしまうものであることが、テニスの競技を観ていても分かろう。ブレイクをとれるかどうか、ジュースに、或いは、タイ・ブレイクになったときに、どれ程、踏ん張れるか、或いは、その瞬間に、ギアを意図的に入れることが出来るのかどうかということであろうか。言葉で言うのは容易いことであるが、実際、現場で、その瞬間に実行しようとすれば、大変なことであろう。それこそが、世界ランキングベスト10に入る者かどうかが、分かれるところなのであろう。それにしても、2時間も3時間も、一人で、孤独に、作戦を練りながら、サーブやストロークの打ち方を適宜変えて打ち分けるのは、大変であろうし、そういう戦いかたをするスポーツもこれ又、大変なスポーツである。相手に打ちやすいボールを如何に打ち返すかに主眼を置くソーシャル・テニス・プレイヤーであって、良かった。打ちやすい球を打つことと、打ちにくい球を打つことの大いなる違いを思わずにはいられなかったが、考えてみれば、プロは、打ちやすい球を打つことも当然、容易なのであろうが、、、、、、、。