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小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

BS 美空ひばりサミットを観る:

BS 美空ひばりサミットを観る:

それ程、石原裕次郎美空ひばりも、又、同時代に生きていたときには、好きな歌手ではなかった。理由は、何だったのであろうか?余りに、世間が評価する偉大な歌手だから、権威主義嫌いだったのか、それとも、唄の女王とか、エスタブリッシュメントに自然と嫌悪感があったのか、将又、親の世代にとっての同時代の青春を生きた歌手だったからだろうか?BSの録画ビデオでは、明らかに、既に、その歌手は、30代後半や40代半ば、或いは50代である。それにしても、こんなに、りんごに哀愁を乗せて、故郷の情景を描写出来、情感を込めて、日本語を、うまく歌える歌手は、稀有であることが、今日でも納得されようか?!。作詞家や作曲家冥利に尽きるとは、このことを云うのであろうか?歌手としては、栄光と名声と成功を入れても、あの有名な「悲しい酒」の一節を歌っていたときに、一筋、流した涙は、確かに、個人としての一女性の人生は、波瀾万丈であったことは、事実であろう。恋歌に情感込めて、これを、ひとつの人生へと昇華させてしまい、曲を聴く観客の心をも、自分の世界を通して、魅了してしまう能力は、歌手という職業が、大変な社会的な役割を担っていることを意味しているのかも知れない。当時は、メッセージ・ソングとか、何とかと、難しい小うるさいジャンルなどはなくて、十把一絡げに、「演歌」とか、「歌謡曲」とかで、呼ばれていたのかも知れないが、今や、絶滅危惧種に近い存在になりつつある。ジャズのメロディーも、英語が分からなくても(?)この歌手にかかると、別物になってしまうのであろうか?10代での「A列車で行こう」等は、今日、聴いても、なかなかなものである。それにしても、初めて聞くような歌も、改めて、おおいに宜しいではないか?カラオケなどで、自分で歌う唄と、どうしても、うまく歌えなくて、明らかに、「聴く曲」というモノもあるらしい。プロの歌手が言うのであるから、そういうものなのかも知れない。成る程、「みだれ髪」では、同時録音による作詞家や作曲家との真剣勝負や、流石の船村徹も形無しである。そして、「函館山から」、小椋佳による「ある女の詩」では、もはや、歌手と云うよりも俳優の如く、人生模様を幅広い音程と独特な仕草で演じる福音の使徒か、メッセンジャーのような役割を演じる何ものかであろうか、8月6日の原爆を想起させる「一本の鉛筆」や、そのカップリング曲の「八月五日の夜だった」、島倉千代子による「越後獅子の唄」、都はるみによる「津軽のふるさと」、等々も、実に、聴くべき曲としては宜しいではないか、「愛燦燦」とか、「川の流れのように」で、締めくくられるのであろうか。歌手という職業は、ある種、俳優でもそうであるのかも知れないが、仮想の世界を構築して、その中で、その聴衆に、人生を想い描かせたり、タイムスリップさせたり、喜びも哀しみも一緒に、共感したり、互いに、慰めたり、或いは、逆に、慰められたりしながら、時代と共に、歩んでゆくものなのかも知れない。生前録音された歌でも、その死後、初めて聴いても、感動を覚えるのは、その唄の有する、或いは、作曲家、作詞家、そして、最終的には、歌手の大いなる力のなせる技なのであることが、改めて、再認識される。