小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

人間風車、ビル・ロビンソンとTBSプロレス:

 

人間風車ビル・ロビンソンTBSプロレス:

 

世に憚れし、隠れプロレス・ファンである。何でも、「人間風車」で、一世を風靡した英国を代表するビル・ロビンソン氏が、亡くなったという記事が目に止まったが、プロレスに興味のない人に取っては、何が、人間風車なのかも、分からないであろう。想い起こせば、日本テレビ4チャンネルでのプロレス人気に、あやかったのであろうか、TBS系列でも、プロレスを放映するとかで、グレート草津サンダー杉山ラッシャー木村ストロング小林らが、TBS後援の下、国際プロレスという名前で、リングに、登ったものの、その対抗馬に、なかなか、アメリカの有名レスラーでは、実力・人気でも叶わなかったのかも知れないが、恐らく、そんな経緯もあったのであろうか、詳しくは分からないが、大英帝国欧州(?)チャンピオンで、虎の穴出身のビル・ロビンソンが、招聘されたものである。イギリス紳士という触れ込みだから、アメリカン・ヒールのようなきわどい反則技は使わずに、ロープ際でのブレイクも、綺麗に分かれたものである。決め技は、所謂、「人間風車」で、相手の両腕をチキン・ウィングのようにリバースに決めて、これをアマレスのブリッジの反り返しを利用して、後方に、受け身を取らせないように、投げ倒して、したたか、腰を強打させて、フォールするという、今から思えば、何とも、子供じみたような技である。今のような派手に、コーナー・ポストから、或いは、鉄柱の最上部からの身を挺しての危険、且つ派手な空中殺方などではない。それでも、当時は、「おぉ!」という驚愕の声が聞こえてきたものである。何とも、懐かしい往事の風景ではないか。後に、アントニオ猪木との試合が組まれた頃が、全盛期をやや、過ぎた頃だったことだろうか、レスラーの「賞味期限」も、こうして振り返ると、やはり、生まれてきた時間という制約を、超越出来るアスリートは、少ないものである。想い起こせば、そんなTBSによる国際プロレスの中継も、今や、47年余り前の話で、それも、僅か、5年程で、終了の憂き目に遭うことになる。TBSプロスポーツ中継というものも、今にして思えば、キックボクシングの沢村と良い、この国際プロレスと良い、なかなか、視聴率を取りにくいものだったのであろうか?又、懐かしいレスラーが、1人、逝ってしまったものである。