小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

クリミアという地政学:

 

クリミアという地政学

 

「在留自国民」の保護なる言葉は、昔から、随分、出兵の為の、或いは、もっと明白な露骨な言い方をすれば、結果、「侵略」のための口実に過ぎないことは、歴史を見れば、何も時間を逆廻しにするまでもなく、明々白々であろう。成る程、ついこの間まで、こぞって、ソチの冬季オリンピックに、夢中になっていたが、ウクライナの南部の黒海に面したクリミアとは、本当に目と鼻の先であることが、地図を開くと一目瞭然である。第一次大戦のドイツとフランスの当時の関係が、現代にも通じるところがあると云った何処かの国の総理大臣も、流石に、ロシアにとってのクリミアの地政学上、否、軍事学上での重要性は、ソチの開会式でも見透せなかったのであろうか?日露戦争でのバルチック艦隊のことを想い起こせば頷けるように、考えてみれば、ロシアにとっては、バルト海黒海・極東というそれぞれ3つの海域は、地政学上、重要であることは、容易に分かろう。確かに、黒海艦隊は、黒海・トルコのボスポラス海峡を抜けるエーゲ海・地中海へと繋がる海路であることは、地図をみるまでもなく、明らかであろう。それにしても、国際法上等という言葉は、現実の危機、ロシアにとっての国家存亡(?)の危機と考えれば、何とも、余りにも、力の無いものであろうか?国連安全保障理事会などと云うものも、全く、むき出しの国益の前では、なす術も無いものである。昔ならば、とうの昔に、戦争になっていたのであろうが、そんなことは、アメリカもEU側も、選択することはできない。まるで、グルジアの独立運動とその後のロシアによる軍事的強圧的な戦争状態の二の舞寸前なのであろうか?それにしても、「地政学」というものは、今日でも、依然として、18-19世紀頃と変わっていないことが、これからも、再確認されようか?沖縄という要石論、台湾海峡、統一の問題、朝鮮半島の有事、尖閣の問題、竹島の問題、北方領土の問題、そして、未だ、戦後平和条約締結もされていないロシアとの関係、現実の問題は、容赦なく、我々の上に、重くのしかかってくるようである。遠く、ソチのオリンピックゲームに熱狂していたすきに、着々と軍事侵攻のシナリオが、クレムリンの何処かで、綿密に練られていたのかと思うと、複雑な気持ちにならざるを得ない。今日でも、地政学的な重要性は、変わらぬことに思いを巡らそう。考えてみれば、3.11の際には、米国は、いち早く、自国民の避難支援を極秘裏に検討していたことは明らかで、居留民の保護とは、国益の保護そのものにも、重なることになるのであろうか?改めて、考えさせられるものである。アフガニスタン侵攻とは、又、異なる次元であろう。