小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

今度は、ベトナム向け水産物の輸出だ!:

 

今度は、ベトナム向け水産物の輸出だ!:

 

昔、新入社員の時代、貿易の「ぼ」の字を学び始めた頃は、未だ、為替レートが、1ドル=308円の時代であったから、輸出もまだまだ、生き延びることができていた。その後急激な時代の変化と共に、その輸出の仕事も、採算が徐々に悪化し始めて、結局、アッという間に、250円、そして、その200円台すらも、あっさりと割り込み、180円に突入していった。流石に、もうこの時期になると、日本からの繊維輸出も絶えきれず、やがて、輸入へと転換せざるを得なくなり、それから、三国間貿易を含めて、長い間、繊維・食品の輸入という仕事に関わらざるを得なくなってしまった。タダ程高いモノはないと言う言葉があるが、今回も、結局、現地で、体よく、仕事の協力を依頼され、帰国してみれば、何のことはない、日本からの水産物の輸出の仕事をボランティアで、手伝う羽目になってしまった。別に、カネが絡む訳でないから、高い代償を払うわけではないのであるが、多少のストレスは、生まれようか、もっとも、生産管理手法のHACCPならぬ、ビジネスのCCPだけしっかりと、抑えていれば、怪我もすることなく、「頭の体操」程度で、協力できるものであるから、良しとしようか。ストレスが罹らない程度に、程々で、現役の人には大変申し訳ないが、それを生業にしている訳ではないから、Critical Control Pointを抑えつつ、やってみると、存外、欲がないのかどうかは分からぬが、すんなりと、コンテナ1本程度の初回の契約に持ち込める目途がつくことになったのは、驚いてしまう。先方は、現在旧正月であるから、今月末の船積み後は、本格的には、3月以降、春先から、更には、夏場の鮭の本格的な漁獲シーズンに向けての前段階での準備である。それにしても、時代は、どんどん、移り変わって行くものである。鱈や秋刀魚やホタテや鮭が、ベトナムの人達の胃袋へと吸い込まれてゆくのであるから、調理方法と食べ方をきちんと情報提供してあげれば、国内市場と変わらぬ市場に成長することは間違いなさそうである。北海道の標津や根室の地域活性化にもなることは間違いないであろう。これも年寄りのボランティアの仕事であろうか。年に数回、海外旅行と産地への旅行が、出来れば、これ又、美味しいものが食べられそうである。そんな小さなご褒美を期待しながら、年寄りの頭の体操であると思って、協力することにした次第である。草の根の日本食の普及と国内地域活性化に、微力ながらも、協力できれば、これに勝る喜びはない。