小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

日系メガ・ショッピングモールに思う:ベトナム再訪その5

 

日系メガ・ショッピングモールに思う:ベトナム再訪その5

 

ドイモイの改革開放経済政策が、浸透するにつれて、昔は、ほとんど、チョーと呼ばれる市場で、ほとんどの日用食材を購入していたものが、やがて、現地の資本によるCOOP マートのような大型スーパー・マーケットが、出始め、これの発展系であるところの韓国系LOTTEショッピン・モールとか、台湾のデベロッパーによる市街地でのショッピングモールが、次々と姿を現すことになる。丁度、私が、現役の頃は、まだ、その走りで、やっと、スーパーらしき店が、チラホラ出始めた頃であったが、今日のイオンのメガ・ショッピング・マートは、もはや、船橋ららぽーとか、幕張に今度オープンしたイオンの旗艦店に、勝とも劣らないような巨大な規模である。私のような脚の不自由な人間は、そのすべてをくまなく見学することは、ほとんど、不可能である。ワン・ストップ・ショッピングだけではなくて、エンターテイメントも、又、外食レストランも備えられた一大ニュー・ライフ・スタイルの提案空間のようである。そこには、日系だから、日本関係の商品も販売されていて、しかも、中島水産のような水産業者が、日本から1月11日のグランド・オープニングに合わせて、日本人のスタッフなどを投入して、まるで、その鮨の販売コーナーは、すさまじい戦場のような長い行列で、次から、次へと、日本人の私がみても、ちょっと、高そうな鮨のパックを2個・3個・4個とキャッシャーへ運んで行く。ベトナムの友人によれば、鮨レストランで、食べるのに較べて、割安感があるそうである。恐るべし日本食パワーである。そのほとんどが、食に、保守的と云われてきた主婦層や、新しモノ好きの若者層である。もうこの日本食の傾向は、恐らく、止まるところを知らないのではなかろうか?底辺がどんどんと、拡がって行く。まだ、大都市部の一部であるものの、これが、全国的に、地方都市にも、近い将来、波及して行くことは間違いなさそうである。それにしても、ここ、ベトナムには、嫌日とか、反日とかという言葉が見当たらないのは、どうしたことなのであろうか?古い友人達は、異口同音に、中国の南沙諸島でのベトナムとの軋轢を非難する。そして、中国による改革開放政策の矛盾を一生懸命に、学ぼうとしている。私は、これまで、現役の頃、郊外の工場へ毎日通っていたので、郊外は、その頃は、本当に何もなかったものである。都心の中心街ですら、せいぜい、一軒の飲食店が出来た程度で、今や、そんな場所は、ひっきりなしに、車が、バイクが、引きも切らないくらいに、流れていて、昔の面影などは、一切みられない。ここが、ガランとしていたなどと云おうものならば、そんなはずはないと否定されてしまうほどである。旧いベトナム人の友人が、日本食中心の素材販売店をオープンしたというので、案内されて、アドバイスを求められた。成る程、これからは、家庭でも、鮨や日本料理を奥様方は、健康食の一つと捉え、油分が少ないとか、素材の味を生かした料理として、評判であるから、おおいに、潜在需要はあり、可能性は大かも知れない。何でも、簡単な弁当を将来販売したいとかで、手巻き鮨や、丼物を教えて欲しいという依頼である。今は、インターネットのCOOKPADやレシピー集も、簡単に入手出来るので、素材さえ手に入れれば、簡単なものであれば、家庭でも日本食が愉しむことが出来るであろう。お友達の主婦仲間の女医さんの家で、総勢10名ほどのお友達に、うどん・蕎麦・親子丼・焼きうどん・牛丼・太巻き鮨・お握り・だし巻き卵・鶏肉炊き込みご飯などを、現地の食材を使用して、試食も兼ねて、現地風の好みの味に作りながら、夕食会となった。もちろん、総監督は、女房殿である。流石にドクターは、細かくメモをとりながら、何を何グラム、何分とか、質問する始末である。どうやら、お手伝い達も、自分が作らなければいけないものだから、必死に、味見したり、作り方に見入っていた。フォー等の麺を好む民族だから、焼きうどんは、ニンニクをたっぷりきかせると、醤油味は、現地の魚醤の味とさして変わらぬ味のようで好評であった。概して、全体的に、好評で、とりわけ、冷たいざる蕎麦やうどんは、好評であった。これまで、そばつゆをどのくらい、濃く作るのかが、分からなかったようである。又、これまでは、料理酒やみりんの使い勝手が、よく分からなかったようである。昔は、よく、韓国製のうどんやそうめんを使って、現地で、自炊していた頃を想い起こす。それにしても、もう、この流れは、止められないでしょう。これが、子供達や、旦那達にも、家庭で、サーブされるようになると、「食文化」は、重要な外交政策の一要素になるのかも知れません。ハンバーグが、アメリカの食文化の代表とするならば、鮨は、日本食の最たるものかも知れません。そして、和食のユネスコ無形文化遺産登録は、そういう時代の背景がもたらしたものなのかも知れません。ものを売ることは、単なる貿易だけでなく、実は、文化を伝播・頒布していたことを改めて知ることになろう。そんな郊外のメガ・ショッピング・モールも、これから、どういう役割を果たしてゆくのであろうか?興味深いところである。