小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

モーニング娘’14改名に思う:

 

モーニング娘’14改名に思う:

 

別に、オタクのアイドル好きや、追っかけではない。そんな年でもあるまいし、、、、、。たまたま、モーニング娘の八代目リーダーである道重さゆみの「老舗の流儀」というコラムが目にとまったからである。89年生まれであるから、未だ、20代であるにも拘わらず、アイドルグループでは、他の若い10代のもう、立派なお姉さんリーダー格なのである。あの道重がと、思うのであるが、まぁ、それは、年功序列なのであろうか?それとも、真のリーダーシップたる能力を備えた立派なリーダーなのであろうか?もっとも、芸能界のことだから、何処かの国のように、親子三代王朝の跡継ぎや、権力闘争の果ての粛正を経たわけではなさそうである。つんく政治的なメッセージが、ハッキリとしたその後継者指名に、色濃く出ているのであろうか?1998年のメジャーデビューだから、現在のメンバーの中には、もう、その後に生まれてきた人間も居るそうで、そうなると、「企業の寿命」30年説ではないが、「芸能界の賞味期限」というモノも、どのくらいのモノなのであろうか?それにしても、これまでは、作詞家や作曲家等の陰のプロデューサーが、その歌手の良さを前面に引き出し、逆に、歌手は、その天佑にも近いと思われるワン・チャンスを捉えて、更に、そこに、自分の個性を最大限に生かして、芸に磨きを掛けて、その固有の歌手ブランドを確立してきたモノだが、最近では、どちらかというと、光り輝いていた歌手の方が、しょぼくれてきて、(実力が所詮は、ないのであろうか?)逆に、舞台裏の裏方の方が、光り輝いていて、一種のビジネス・モデルを確立して、その繰り人形が、歌手やパーフォーマーになっているような気がしてならない。何故か、モーニング娘の今回の改名(もっとも、それすら知らなかったが、、、、、)にも、何やら、つんくの一種、モーニング娘というビジネス・モデルへの危機感、日夜、アップ・デートを普段に繰り返して行かないと倒れかねないそんな老舗の危機感が表れているような気がしてならない。それは、広い意味での秋本康とのアイドル界での代理戦争の様相を呈しているかの如くであろう。いつの時代でも、永遠のリーダーの継続はあり得ず、世代交代、リーダーの交代、たゆまぬバージョン・アップ・デートを繰り返して行かなければならないという一種の「組織の宿命」のようなモノが根底にあるのであろうか?その思想性と当初の創業のオリジナリティーは、如何なモノなのであろうか?歌手なるパフォーマーという媒体を体して、どのように、バージョン・アップを繰り返して行くのであろうか?そして、その陰のプロデューサーからの本当の司令とは、何で、何を死守すべきで、何をアップ・デートしようとしているのであろうか?そして、それは、モーニング娘’14が、果たして、モーニング娘’20とか、モーニング娘 ‘30になるまで、果てしなく、生き残りに成功し、継続できるのであろうか?それとも、AKB48も、やがて、将来は、淘汰されて、総選挙の結果、AKBベスト10とかにでもなるときが来るのであろうか?組織の在り方、リーダーの在り方は、ビジネス専門書を読むより、こちらの方を注視していた方が、実際には、役に立つのではないだろうか?「恋チュン」の踊りでも、ひとつ、身体を動かすべく、勉強してみることにするか?誰か、U-tubeにでも、無料版をアップして貰えないでしょうか?ひとつ、検索して見るか、、、、、。どっこいしょと!