小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

野上 暁、「絵本で哲学」トーク・イベントに参加する:

 

野上 暁、「絵本で哲学」トーク・イベントに参加する:

 

東京にいる間だから、一寸、2時間掛けて、柏市(東口側)のハックルベリー・ブックス主宰のイベントへ、FBの友達の紹介で参加してみました。西 周によって、明治期に、philosophy なる言葉が、「哲学」という言葉に、翻訳・集約されるようになったわけで、この哲学なるものを、絵本を通じて、正解のない答探しのような作業を、子供の時代、とりわけ、小学校4-5年生くらいを主対象にして、その親御さんも含めて、考え直してみようとする絵本のシリーズ、「考える絵本」9巻(大月書店)(こころ、死、人間、美、悪・ワル、こども・大人、愛、しあわせ、ことばメガネ、の各巻)の紹介とそれを考えるものである。解説に従えば、元々、日本には、古来から、鳥獣戯画などの各種著名な歴史的な絵巻物も含めて、それらの中に、或いは、赤本などのさるかに合戦でも、チャラクターが、その台詞と共に、ビジュアルに描かれていて、更には、カード形式のおもちゃ絵などに、「ユーモアや洒落」を、「自然に」、取り入れられていて、遊びながら、見ながら、読みながら、知らず知らずに、「何かを学ぶ」ことが出来ていたと、、、、、、。その後は、学習本や、躾の本やら、昭和17年になると、「キジノヒノマル」浜田廣介や、「ニッポンハツヨイ」等、所謂、「翼賛絵本」へと、変遷してゆくことになると、、、、、、。戦後のサブカルチャー論や、漫画文化論やアニメの隆盛のところまでは、時間が限られていて、触れられることはなかったが、又、日比野克彦・北川フラムによる瀬戸内芸術祭の話や、「明後日朝顔の種」による越後妻有の大地の芸術祭の話も、触れられていたりしたが、充分な時間がなかったのは、誠に残念であった。結論のない、模範解答のない、そうあるべきであるというのではない主題を、ビジュアルな絵本という素材とそれを読むきっかけを通じて、「自分の頭で考えること」を、習慣づけること、確かに、それは、何も、子供だけの話ではなくて、むしろ、今日の大人になりきれない「こども大人」にも、必要不可欠なのかも知れない。9巻のシリーズの中にある、(こころ、死、人間、美、悪・ワル、こども・大人、愛、しあわせ、ことばメガネ、)残念ながら、(中沢新一による、神さま)は、刊行中止になってしまったが、、、、、、。どれも、勿論、それぞれ、重い課題であることは間違いない、、、、、、、こどもにとっても、況んや大人においてもやであろう。原画展も、来年春には、開催されると、なかなか、面白いトーク・イベントであったと思う。

 

 

 

ハックルベリー・ブックスHP

 

http://www.huckleberrybooks.jp/

 

大月書店HP:

 

http://www.otsukishoten.co.jp/news/n3052.html