小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

「庄司貴和子」展を覗く:

 

「庄司貴和子」展を覗く:

 

刻の審判の場へ、「祈り」という題名の展示である。絵画というモノは、とりわけ、自分がよく未だ知らない画家の絵を鑑賞する機会を得ることは、まるで、友達から良い本を薦められた時のような感じに似ているものであろうか?何か、そんな気がする。茶房、読書の森で、コーヒーを飲んでいたら、丁度、ケーナの名匠ご夫妻が、やってきて、梅野記念美術館で、見てきた帰りであると知らされた。39歳という若さで、腸癌で夭逝したこの画家は、見舞いに来た、赤ん坊を身籠もった友人との別れ際の言葉は、どんな思いで、発せられたものであったのであろうか?自らの意思ではなく、時代により、その絵筆を置かざるを得なかった、信州の「無言館」で覧られる戦没学生画家達とは異なるものの、その肉体的な「死」により、創作を続けられなかった無念さは、加山又造が、評するように、「単純極まりないのに、典雅で、えらく洒落た感じ」、「日本画のみが可能と思える抽象作品を、地道に、、、、、、」、題名を読みながら、その絵を観ると、成る程、エレガントで、ある程度は、半抽象画のような気がしないでもない。しかしながら、風景そのままの写実ではなくても、題名が、無題、不詳なるものになると、何とも、観る側には、心細い、何か、不安げな感慨が湧いてこないではない。たまたま、居合わせた小学校の低学年の子供達が、担任と美術の先生に引率されてだろうか、絵の前で、何を描いたのであろうかと、想像しながら、素早く手を挙げて、「ここは、ボールに見えます」とか、「あそこは、雲に見えます」とか、一生懸命に、絵の鑑賞の授業をしていたが、何を描いたのではなくて、何を描きたかったのかと謂うことは、まだ、幼い子供にも、大人にも、分からないことかも知れない。いずれにしても、私が、この年で、初めて観た絵に対して、この子供達は、幼いときに、既に、触れることが出来たことは、それ自体、すごいことではないだろうか?又、50年後にでも、この子供達が、同じ絵を、もう一度鑑賞する機会があるとしたら、どんな思いで、その時は、この同じ絵を観ることであろうか?私が子供の頃には、学校でも、家庭でも、物質的にも、文化的にも、貧しかったのか、そんな機会はなかったような気がする。併設展示されている、青木繁・菅野圭介展も、なかなか、興味深い展示である。梅野満雄と青木繁との友人関係とか、代表作、「海の幸」の絵を観ながら、想いを馳せるのもまた、一興である。第13回「私の愛する一点展」も、なかなか、様々なジャンルの展示で、何か、食事にたとえると、それこそ、色々なジャンルのお好み料理が、少しづつ、小出しにされていて、観る側の興味をそそられる。アンケートに答えて、菅野圭介の絵葉書、「海」をゲットしました。来年、1月13日まで、東御市梅野記念絵画館で、開催予定だそうです。館内の喫茶店から、目の前の湖面に、唐松が黄金色に映えて、窓越しに、眺められる浅間山の景色は、まるで、絵画のようでした。帰りには、明神館の温泉も宜しいですよ。