小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

買い物に於けるデフレ心理を考える:

 

買い物に於けるデフレ心理を考える:

 

猪瀬東京都知事が、「デフレ心理からの脱却」という言葉を使っていたが、実に、当を得て妙であろう。女房殿が東京へ戻ってしまうと、自分で、日常の買い物をしなければならず、自ずと、主夫(?)の買い物スタイルが、嫌がうえにも身につくことになる。これまでは、現役の時には、せいぜいが、マーケティング目的か、お昼ご飯の値段か、コンビニでのお握りやサンドイッチか、ソフトドリンクの値段止まりであったが、今や、諸々の食料品の値段が、頭に、自然とインプットされてきた。とりわけ、日帰り湯治客であるから、風呂上がり後での買い物は、時間的には、夕方に買い物をすることは、余程のことがない限り滅多にない。すると、面白いことに、賞味期限が一日でも短い商品は、必ずと行って良いほど、表示価格が、ダウンしていて、赤い表示のラベルが、一寸大きめに、上から、貼られているので、自然とそちらへ、「消費者目線」が、誘導されてしまうのは、困ったことである。まぁ、困るかどうかは、別にしても、消費者心理というものは、恐ろしいもので、これに毎日慣らされていると、もう、正規の価格が、一体、何を意味し、賞味期限とは、一体、何なのであろうかと、思えてくるから不思議である。しかも、現役世代は、可哀想なことに、決して、こうした「訳あり商品」は、余程、別の棚にでも、眼を凝らしていない限り、なかなか、お目に掛かれないものであるから、可哀想である。せいぜいが、夜の8時頃の店じまい寸前か、大雨で、客足が鈍ってきた夜とかでないと、総菜の半値サービスには、出くわすことはないであろう。もっとも、知恵の長けたミセス消費者は、決まって、毎日、そうした時間帯を故意に狙って買い物にゆくということも風聞したことがあるが、、、、、、、。それにしても、この「デフレ心理」というものは厄介であり、如何にしたら、払拭しうるのであろうか?もはや、今日では、一物二価どころか、三価、四価、否、五価、六価も、当たり前になり、販売促進、賞味期限切れ寸前、訳あり商品、他社競合品同一価格対抗値下げ保証など、一体、「商品の価値・バリュー」とは、何から、成り立っているのであろうか?更には、投下労働値、ライセンス料、宣伝広告費、エネルギー・コスト、等々、本当の意味での「賢い消費者」は、どういう買い物心理なのであろうか?それとも、やっぱり、棚の奧に隠れているような赤い大きなラベルの値下げ品を買い求める消費者心理に、喜びを感じ、一円でも節約できたと、思い込み、無駄な買い物をついしてしまうものなのであろうか?一体、「賢い買い物」とは、どういうことで、そのようにしたら、「デフレの心理的な脱却」は、可能なのであろうか?そう言えば、決して、学校では、そういうことを学んだことは、又、教えられたこともなかったような気がする。父や母からは、どうであったのであろうか?何!奥様から、今、再教育されていると?!恐れ入りました!結局、又、賞味期限の一日短い赤い目立つラベルに吸い寄せられるかの如くに、手が、自然とそちらの方に、伸びてしまいました。我が心の内なる「デフレ心理の脱却」は、程遠いようです。