小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

外国人コーチの歓喜に垣間見られるもの

外国人コーチの歓喜に垣間見られるもの
リハビリ療養中であるから、オリンピックのテレビ観戦が、自然と多くなる。マイナーな競技の試合も、思いがけず見ることになる。アーチェリーやフェンシング等の試合などは、これまで、そんなに興味を持って見たことがなかった。ハイビジョンの超スローモーションでの卓球の打ち合い等は、確かに、テーブル・テニスと言われれば、成る程と、改めて納得できる。日本は、明治期の近代化の過程で、海外からの技術をお雇い外国人技術者や、派遣日本人留学生を活用して、その技術を学び、独自に、自分のモノとしてきた歴史がある。フェンシングの団体準決勝で、外国人コーチが、JAPANの文字を背中につけて、壇上で、喜ぶ様は、何とも、日本人選手の歓喜の渦よりも、私は、とても、興味深く感じられた。そもそも、日本の剣道や柔道を、外国に、広めて、コーチングするのとは真逆のことをしているのであるから、それは、ただ単に、フェンシングが好きだからだけでは済まされないであろう。一つのスポーツ競技の歴史の中に、特筆されてもよいくらいであろう。逆に、日本人は、日本人のコーチや監督が、外国に雇われて、敵に塩を送るような行為を、すぐさまに、非難めかしく、云々する性癖と狭量さがある。シンクロも、ソフトボールも、そういう傾向と論調が目立つ。今や、スポーツも国際化しているのであるから、どんどん、日本人コーチも、お雇い外国人コーチ同様に、その国のスポーツ新興の歴史に、名を刻むような意欲と誇りを持って、やってもよいのではないだろうか。そんな一シーンを、垣間見られるのも、面白い物である。明治期に、極東の果てまでやってきた外国人技術顧問団の想いと重ね合わせられて、興味深いものである。