小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

手術前の病室の風景

手術前の病室の風景
差額ベッドではなく、4人部屋は、何とも、様々な情報が入手できて、便利である。向かいの患者さんは、頸椎を損傷して、携帯電話すら、開けない状態で、食事も介護を要するらしく、これを見ると、確かに、何気ない日常生活に必要な最低限度の動作というモノが、物理的に、できないとなると、本当に、大変なことになることが、眼前で、改めて、再認識を余儀なくされる。リハビリ専門病院へ、明後日、転院することが決まっているらしい。左隣の患者さんは、術後、ここ2日ばかり、痛みで、唸っていて、当方も、若干、不安に駆られなくはない。明日の手術に備えて、術後に予想される痛みを覚悟しておかなければならない。何せ、腰部脊椎の詰まったところへ、人工骨(ハイドロキシアパタイト製)を埋め込み、補強し、更に、後ろの骨を削って狭窄症で、分断された脊柱管の神経を除圧し、4/5の間のすべり症を、チタン製の支柱で、骨に、装着させるとかで、背中を15センチほど、切開・縫合しなければならないと、事前に、担当医師から、リスク開示も含めて、説明・質疑応答の機会があった。入院当日の造影剤を打つときも、骨髄ドナー登録をするときの痛みが、多分、これかと思うほど、背骨の間隔が、詰まっていて、なかなか、うまく、目指すピン・ポイントに、造影剤が、注入できなかった。局部麻酔をしていた割には、存外、痛い思いであったが、、、、、。まあ、無事終了し、生まれて2度目のストレッチャーから、眺める天井の景色は、まるで、昔の医師、ベン・ケーシーの一シーンのようであった。それにしても、病室という空間は、これまで見られなかったような健康でない人達、病気を患っている人達が、こんなにも多いのかと思い知らされるような場面である。日帰り人間ドックの様とは、大違いである。昔、亡き母を看護してくれた老人病院の主治医が、いみじくも言った言葉が、想い出される。「老人病院の医師は、患者さんを直してあげても、又、介護の部屋に、戻るだけで、社会復帰出来るわけはなく、ある種の虚しさを感じる」と、まだ、ここでは、社会復帰を果たせる、果たそうとしようとしている患者の強い意思と、それを支えようとする医師・看護師・スタッフの信念を感じざるを得ない。いよいよ、明日は、全身麻酔の約4時間の手術である。


=病院食に考える
実に、よく、考えられているものである。世の中の飽食・グルメ志向が、如何に、間違っているかということを、再認識させられる。別に、不味くはない、魚の切り身も、ちゃんと、食べやすいように、小骨が除去されている。1食1600キロカロリーである。塩分も制限されているし、満腹感がなくはない。野菜中心である。青のりや、鰹節、オイル・ドレッシングや、わさびで、茹でた野菜を味付けしている。私みたいな食物アレルギー患者にも、事前に、要望記載で、キチンと配慮されている。ご飯も140gで、暖かく、適量である。ゆっくり、30回も、咀嚼すれば、十分満腹感が、味わえる。家庭での大皿料理は、もはや、不可である。食べ過ぎて、これは、いけない。鶏の唐揚げも、マクドナルドのナゲッツ、2個分程度である。スーパーの総菜売り場で売られている唐揚げの大きさから言えば、1個分くらいかも知れないが、、、、、、。それで、十分である。タニタ食堂が、何故、流行るか、納得も出来よう。どうやら、日本人は、食べ過ぎ、無駄喰い、有り余る飽食である。一つ忘れたことがある。おやつとお菓子についてである。要するに、3食の食事であれば、無駄な甘いケーキや、おせんべいも、チョコレート菓子も、全く、不要であると言うことである。今や、一大産業と化した菓子業界には、申し訳ないが、もうこれからは、あまり、良い消費者には、多分、なれないだろうと確信した次第である。