小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

長田 弘作「空の絵本」を読む

長田 弘作「空の絵本」を読む
挿絵を描いている荒井良二の絵は、個人的には、「森の絵本」よりも、こちらの「空の絵本」の方が、雨のタッチや、暗い色合いや明るい色合いの色彩の使い方が、気に入っている。雨が降り出し、青色が、緑が、灰色に変化し、やがて、土砂降りになり、稲光とともに、雷鳴が轟き、いつしか、ひとしきり、土砂降り雨が、降り続いた後に、遠くへ、過ぎ去り、雨が止む。次第に、明るくなり、緑は色を増し、空の色は、再び、空色に戻り、空気が澄み渡って、葉っぱに溜まった雨の滴は、水晶色に、きらめき、パラパラと落ちてゆく。やがて、光は、金色に、水は、銀色に、美しい夕焼けから、山陰がくっきりと空に浮かび上がってくる。そして、白い月が顔を出し始め、一番星を見つけ、鳥たちが巣に戻り、大きな木の陰が、次第に、濃くなり、星達が、夜空一面に、きらめき始める。大雨の後の夜空は、満天の星達で溢れ、丸い大きなお月様が、夜空に、ぽっかりと浮かび出てくる。そして、やがて、だんだん、眠くなってゆき、更に、だんだん、だんだん、だんだんと、、、、、、、、、、と、そして、最後には、だん、、、、だ、、、、、ん、、、、、、眠くなってゆく。
「森の絵本」が、「森の静けさを媒介」として、「悠久の時間の概念」を伝えようとしていたのに対して、「空の絵本」では、空と天気の移ろい、とりわけ、「風雨を通した天気の光の変化を媒介」にして、動的な天気や風景・景色の刻々とした変化を織り込んで、自然の逞しさ、変わらぬ強さのようなものを、子供達に、伝えているような気がする。確かに、子供は、雨や風が、大好きである。それを大自然の風景の変化との関係性に於いて、「時間の変化」とともに、理解させようとする詩人の一端が、垣間見られて、挿絵とともに、興味深い。字の読めない幼児でも、絵だけでも十分、想像力を養えるに足るものが、そこには、あるように思える。繰り返し、読んでも、見ても、飽きずに、又、楽しめる絵本である。

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