小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

無用なリコールと過度な安全神話の呪縛:

無用なリコールと過度な安全神話の呪縛:

 

今から10年ほど前のことだったろうか、食品分野で、産地偽装とか、不当表示とか、異物混入とかにより、結局、過度な安全神話により、健康に直接的に、悪影響を及ぼさないような商品ですら、或いは、廃棄しないでもよいような商品ですら、分別することなく、グレー商品として、全ての商品を安心・安全という大義名分と社会的評判を死守するために、廃棄したり、メーカーに、一方的に、押しつけたりして、自分で、自分の首を締め上げ、結果として、日本は、いつの間にか、そのコスト・アップという自縄自縛に陥ってしまった。Product Liability (PL)自体は、決して、悪いことではないが、日本のように、只単に、包装が、傷ついていたとか、歪んでいたといった理由だけで運送会社自体が、モノを運ばないという。何でもかんでも、色々な理由をつけては、ラベルの表示を細かい文字で、警告とか、取扱注意などと、これまでであれば、消費者の誤使用で、済んだクレームすら、自主回収、自主規制とか、全く、止まるところを知らないのが、現実の動きである。大企業の社会的信用も、分からないことはないが、どこまで行ったら、「限界点」が見えるのであろうか?もうとうの昔に、そんな限界点は、通り越してしまっているのではないだろうか?賞味期限と消費期限と、3ヶ月前自主規制ルールといい、いつの間にか、過度なまでの本末転倒の自己目的化した「安全神話の呪縛」により、デフレ・スパイラルの中で、いつしか、知らぬ間に、自分で自分の首を締め上げて、結果的に、食品ロスやコスト・アップを、増大させようとしている。一方で、下請け企業の極端な合理化や部品の共通化を推進することにより、逆に、その不具合から、リコールの拡大を増幅させることにも、繋がっている。何とも「バランスの悪い」社会になってしまったものである。極端な合理主義と誤用を主たる原因とする過激なクレームは、決して、消費者にとっても、メーカーにとっても、更には、行政側も小売業者にとっても、その行き着く先は、当然、見えているであろう。ヤジロベエのバランスをどこに置いたら良いのであろうか?消費者も、もっと、賢くならなければならないと思うが、、、、、。本当に、消費者は、神様なのであろうか?