小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬介護が終わり、再び、様々な分野で社会戯評する。

トンネル崩落事故に考える:

トンネル崩落事故に考える:

 

子供の頃、三河島などの大きな鉄道事故があり、その後、原因究明と技術的な研究対策の結果、ATS等の安全対策が講じられたりしたが、又、「隔壁」などという言葉を聞くと、御巣鷹山で遭難した日航機の墜落事故を想い起こす。それにしても、フェイル・セーフとか、経年劣化を想定した部品の耐用年数基準とか、自動車や列車であれば、当たり前のことが、「構造物」というものでは、専門家でも、安全性に関して、考え及ばないのであろうか?何とも、心細い限りである。コンクリートから人へと云うキャッチ・レーズをどこかで聞いたような記憶があるが、人は、信用できなくても、固いコンクリートくらいは、お願いしたいものの、それすらも、今や、疑ってみる必要があろうとは、何とも、危なくて、運転すらできない。しかも、全国、49本ものトンネルが、同じ型であるそうである。首都高速道路などは、走っている間に、突然、崩れ落ちないかなどと心配になる。上信越高速の八風山トンネルも、どうやら、リストを見ると該当しているそうである。アクアラインなどは、未だ、走ったことはないが、怖くて、走れそうにない。トンネルも橋も、道路も、経年劣化が激しく、どこもかしこも、補修・管理維持費が、掛かりそうである。安心安全という神話は、もうとうの昔に、崩れ去ってしまったのであろうか?水と安全は、タダみたいなものであると思っていた日本人は、国防のみならず、日常生活のなかでも、またもや、ドスを脇腹につきつけられたような感じがする。国土交通省の身内に甘い検査体制や事故対応には、実に、ガッカリさせられる。それにしても、土木工学やトンネルなどの専門家と称するテクノクラートにも、これ又、原子力工学の専門家ではないが、よく、これまで、大事故が起こらなかったのが、不思議であると、失望を禁じ得ないのは、私一人だけであろうか?建設するときに、修繕・保守点検とか、パーツの交換とか、基本的な要素を、考慮せずに、作られているのであろうか?震災以降、次々に、これでもか、これでもかと、これまでの常識とか、既成概念というものを、再度、疑ってみて、再構築してみる必要が、見られるが、、、、、、。まるで、日本という国、インフラ・生活システム自体が、壊れてゆくような感じすらしないではない。ボルトの劣化とか、検査体制云々や、物流の迅速な回復だけでは済まされない。当面は、碓井峠バイパスを迂回しながら、じっくり考えてみることにするとしようか?東名高速の都夫良野トンネルは、どうしたものか?確か、NHKのテレビ番組で、以前、トンネル内のひび割れを、超音波で、点検・補修している作業を観たことがあるので、安心していたが、どうやら、トンネルにも、色々な型があるようである。エレベーターの事故も、自動車の共通部品化によるリコールの増大と云い、これまで信頼していた何物かが、いずれも、はかなくも、崩れ去るような感じが禁じ得ない。「杞憂」という言葉を、想起してしまうが、まさに、天が崩れてくることを想像もしたくないが、、、、、、、。トンネルを走行するときは、前だけではなくて、今後は、天井も見ながら、走るなければいけないのだろうか?