小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

ニコニコ動画で、党首演説会を視聴する:

 

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無料視聴できるとかで、アクセスしてみたら、一度は、アクセスが、集中しすぎて、駄目で、二度目で、アクセスできると席の番号が、表示されていた。もっとも、有料会員様が最優先だから、いつでも、席を譲らなければならなくなるという警告文が、表示されるのは、致し方あるまいか?もっとも、こうした討論会の放映は、ある種の公共性があるのであるから、その点、何とも、金さえ払わないと見れないモノか、、、、、、、、とも、ひがみ根性ともとれなくはない本音が、出てきてしまう。そのせいかどうかどうかは、不明であるが、音声が、途切れ途切れでしか、聞こえないのは、致し方ないのか?それとも、単なる技術的なスピードの問題なのか?それにしても、テレビ放映がなく、来客数の表示が、50万に暗いから、最後には、110万人以上に、表示されていたことに、驚かざるを得ない。一部、九時のNHKニュースで、放映されていたが、時代の趨勢は、確かに、「ネットとテレビのメディア融合」の方向に、或いは、当面、相互補完するような方向に、向かっているような気がしてならない。それにしても、ネット・ユーザーと称する人間のリアル・タイムでの書き込みの内容は、ネット・リネラシーとは、全く、無縁の何ともお粗末なものが多すぎる、むろん、NGコメント規制を故意に外して、視聴したせいなのだろうが、、、、、、(それは想定内としても)、それを差し引いても、レベルが低く、これでは、「リアルタイムの双方向性」という本来のやり取りの目的とは、程遠いように感じられてならない。もっとも、そもそも、その双方性とは、何を、相互に、リアルタイムで、コミュニケートしようとしているのだろうか?論点が噛み合わないのは、仕方ないが、、、、、。コメントとは、確かに、短い字数で、言葉を凝縮しなければならないが、俳句や短歌のように、何度も推敲を重ねた結果の言葉ではないことは、自明の理であろう。所詮、つぶやき以下のモノなのかもしれない。それに、期待すること自体が、そもそも、幻想かも知れないが、、、、。「双方向性」という事であれば、やはり、ネットからの質疑応答ができるような体制を望みたいところであるが、技術的に、可能かどうかは、門外漢の私には、分からないところである。どこの党首が良かったとか、勝ったとか、負けたとか、維新がでなかったとか、内容的に、云々するのは、ここでの本意ではないので、メディアの論評に任せるとして、新聞の解説で、888888という表示が、「パチパチ」という応援であったことを初めて知ったのには、笑ってしまっった。初めての試みとしては、それなりの試行錯誤があったものの、それはそれで、評価されて良いのではないかと感じる。とりわけ、テレビで、放映されない以上、それを「補完する別の媒体」という選択肢が存在すると言う事自体だけでも、十分ではないだろうか?その意味では、新聞・活字の後追いよりも、ネットの即時性・公共性という一面は、もっと、活用して然るべきかも知れない。もっとも、選挙演説のようなものの規制解除は、ある程度、考慮しても良いかも知れないが、ネット投票までとなると、セキューリティーや思想・信書・通信の自由・秘匿性が、議論されなければ、一挙に、そこまで、行くのは当面難しいかも知れないだろう。いずれにせよ、既存マスメディア、とりわけ、テレビにとっては、うかうかしておれない状況ではないであろうか?もう、「メディアの融合」は、待ったなしに、ヒタヒタと、そこまできているような気がする。