小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

主審の誤審を考える:

 

主審の誤審を考える:

 

人間だからこそ、間違いはあるものの、、、、、、、これだけ、スローモーションのVTRが、発達していても、プロ野球というルールとは、何とも、面白いものである。決定が、そもそも、客観的に、第三者を交えて、検証されることがなく、且つ、その結審が覆らないというのも、何とも、この社会の一面を確実に、見せつけられたようで、実に、面白い。加藤という打者の演技も、何か、最近の「なりすまし」的な素晴らしい「騙し」をそこに垣間見られて、フェアープレー精神などは、どこかに、ぶっ飛んでしまったような気さえする。それは、まるで、社会の病巣の縮図みたいなもので、警察のPCなりすまし捜査の陥穽や、自白の可視化の問題、或いは、裁判での冤罪控訴棄却とか、成る程、共通するものが多いにありそうである。サッカーでも、ゴールの判定を幾つかの異なる角度からのカメラで、判定しようとする動きもあるらしいが、プロ野球は、実に、エスタブリッシュメントそのもののようである。導入するかどうかの議論よりもむしろ、その組織の考え方自体が、問われているように、思われるが、、、、、、。それは、丁度、警察や裁判所や、更には、経済界の白物家電業界ではないが、これまで、成功してきた、或いは、正しいと信じてきた成功体験自体を、一度、根本から、ぶち壊して、再構築しなければならない時期にきているのではないだろうか?主審の誤審は、色々なことを教えてくれる。それにしても、昔の日本シリーズの巨人宮本の南海スタンカからのサヨナラ安打も、その前のミスとも関係があったことを想い起こすが、、、、、今年のシリーズも又、結局、終わってみれば、金権主義者の勝利に至り、どうも、すっきりしないものがあるのは、私だけの感慨だろうか、、、、、、、?往年の巨人ファンは、どう思っているであろうか?又ぞろ、渡辺の爺さんだけが、ほくそ笑んでいるだけではなかろうか、、、、、?何か、プロ野球の改革も、おぼつかないように感じられるが、、、、、、、。そんなことを感じた次第である。