小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

NIMBYという言葉を考える

 

NIMBYという言葉を考える

 

もう随分と、昔のことになるが、杉並では、ゴミ焼却施設の不足から、その処理が追いつかず、新なた焼却場の建設が、持ち上がり、一時期、随分と、環境汚染、とりわけ、ダイオキシンによる空気の汚染撹拌と車による渋滞や通学する子供への事故の争点となり、大きな反対運動が、繰り広げられたことがあった。最終的には、ゴミ処理の問題を先取りする形で、合意が形成さえ、今では、先駆的な焼却場建設の杉並モデルと評価さえされている。むろん、核のゴミとは異なる問題ではあったが、Not In My Back Yard(=NIMBY)、総論は、賛成であっても、各論になると、自分の所には、勘弁してくれ式の地域エゴが、むき出しになってしまうものである。ゴミや下水処理や、刑務所、インターチェンジですら、今や、環境アクセスの調査が、不可欠で、事前に、何年にも亘って、慎重に、地域住民とのコンセンサスを培ってゆかなければ、単純に、かの国のように、強引にお上のご威光だけで、ことは進まないのが現状である。それにしても、仮に、急に、今居住しているところに、幹線道路が、突然、拡張され、立ち退きを要求されたら、果たして、どう対応するだろうか?NIMBYを振りかざして、老人行動隊でも結成して、、先頭に立って、反対運動でもすることになるのか?改めて、原発による核の最終廃棄処理施設の建設の難しさを知ることになる。