小諸 布引便り Luckyの日記

信州の大自然に囲まれて、老犬と一緒に、様々な分野で社会戯評する。

草間彌生、「永遠の永遠の永遠」展を体験す

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草間彌生、「永遠の永遠の永遠」展を体験す 長野県は、文化については、極めて、積極的な県であるが、とりわけ、松本市は、際だって、音楽・芸術・文化活動に、力を入れているように感じられる。やっと、車で、山の神が、小諸に迎えに来てくれたので、この機会を利用して、見逃していた草間彌生の「永遠の永遠の永遠」展を、「体験し」に松本市美術館へ行って来た。幼少の頃から、統合失調症によるのか、幻聴や幻覚から、逃れるために、素描や絵を描いたりし、とりわけ、自殺の恐怖から自身を守るために、水玉(ドット)を埋め尽くすようになったそうである。それは、幼少時に描かれた母の絵にも、既に、表出されているそうである。生と死を見つめる対局に、永遠を凝視し、「わが永遠の魂」、「信濃の灯」、「チューリップに愛をこめて、永遠に祈る」、等、万華鏡、シャンデリア、ミラーや、光、暗闇、水、閉ざされた空間、ランプ、等を駆使して、変幻自在に、空間を、上に、下に、右に、左に、斜めに、縦横に、無限に、拡がりを作ってみせる。その手法は、場所や、部屋や空間全体を作品として体験させるという不思議な体験、作品の中に、自らの全身全霊を囲ませるという未体験ゾーンのインスタレーション・アート(Installation Art)という手法である。自らを、ピカソやA・ウォルフォードをも超える天才と位置づけるなど、ランド・アートや環境アート、60年代の反戦・平和活動のパフォーマンス・アートにも、その創作意欲は、止まることはない。それにしても、83才にもなるこの小説家でもあり、稀代の芸術家でもある年老いた女性クリエーターのどこに、そんな創作エネルギーと想像力が、潜んでいるのだろうか?長い間、日本を離れ、芸術の可能性を海外に、求めたのは、一体、どのような理由だったのであろうか?作品を眺めていると、何とはなしに、理解出来るようになる。日本という既成の枠には、確かに、はまらないことは、間違いない。ビデオの中に映る草間の創作現場での、四辺からそれぞれ、ぐるりと廻って描き出し、色つけをしては、又再び、塗り替えし、何度となく、上塗り替えしては、最終的に、見るべき上下・左右の方向を決定し、題名を決定してゆく。モノクロの「愛はとこしえ」シリーズや、逆に、極彩色の「わが永遠の魂」シリーズの題名とそこに描かれたデザインは、何度、見較べながら眺めても、なかなか、理解するのは、難しいモノがある。こんな大きなシルクスクリーンやキャンバスに、一体、どのくらいの時間と膨大なエネルギーを費やして、肉体的にも、精神的にも、その持続力を維持して、描けるのであろうか?いきなり、驚かされる玄関受付に展示されている巨大なバルーン・アートの作品や、中庭の大きな南瓜のオブジェ、といい、松本駅からの循環バスの水玉ペインティング、自動販売機、美術館の建物それ自体までも水玉模様に染めてしまうその芸術的な魔術には、度肝を抜かれるとしか言いようがない。この展示は、アートとは、客観的に、観るのではなくて、その身を置いている空間までも一つの作品と化してしまうことを、初めて「体験」する貴重な未体験ゾーンであるように思える。それにしても、これらの作品を展示する人達は、さぞかし、大変だったのではないだろうか、、、、、、、、、と思った。是非、観るのではなくて、「体験」して貰いたいものである。11月4日まで、松本美術館にて、、、、、、、、開催中である。